4本爪と、中和剤の効果
【4本爪と、中和剤の効果】
変異種が、走り出した。
4本足の動きが速い。深層種より機敏。だが、深層種ほどの破壊力はない。
シオンが剣を構えて、距離を測った。あたしが計算した5メートルを、ぎりぎり保っている。
「ニーヴ、撒いて」
あたしの合図。
ニーヴが、中和剤の薬瓶を投擲した。
変異種の前方に着地。ガラスが砕け、中和剤が散布した。
変異種が、その液体に踏み込んだ。
爪の先の腐食体液が——薄く揮発した。淡い緑色の蒸気。
中和剤が機能している。
「効いとる」
ニーヴの声。
シオンが、ここで踏み込んだ。
剣を、変異種の首筋に振り抜いた。
刃が——浅い。皮膚は思ったより硬い。
でも、変異種が一歩よろけた。
「シオン、距離取って」
あたしの声。
シオンがすぐ後ろに飛んだ。
あたしは、左手の指輪を見た。
今、外す必要があるか。計算した。
まだ、いける。指輪をはめたまま、精密制御の範囲内で対処可能。
あたしの右手から——細い魔力の弾が放たれた。
変異種の4つの目のうち、上の2つを正確に貫いた。
変異種が、声を上げて、後ろに下がった。
「リィナ、東はどう」
「1体片付けた。もう1体、こっちに来てる」
リィナが、東側の通路から戻ってきた。煙の中での戦闘で1体を処理したらしい。
彼女の右腕に、わずかな擦り傷。腐食体液をかすった痕。
「ニーヴ。リィナの腕」
「見た」
ニーヴが、走り寄って、中和剤を1滴、リィナの傷に垂らした。
傷の周りの皮膚の変色が、薄くなっていく。
リィナが口を開いた。
「ありが——」
「あかん」
ニーヴが即座に止めた。
リィナが、ふっと笑った。
「忘れてた」
「次から気をつけて」
ニーヴが、薬瓶ベルトの位置を直した。
あたしたちが話している間にも、変異種は怯んでいる。目を2つ失った変異種は、視界が狭くなった。
残る2つの目で、こちらを警戒している。
もう1体、東から来た。広間の入口に姿を現した。
「2体、同時相手」
「うちが東の方の足止め。中和剤2本投げる」
ニーヴが、薬瓶を2本、立て続けに投擲した。
東の変異種の周囲に、緑の液体が広がる。
シオンが、目の前の変異種に再度踏み込んだ。
今度は、首筋ではなく、前足の関節を狙った。
剣が、関節に入った。
変異種が、前のめりに崩れた。
「シオン、決め」
「はい」
シオンが、もう一撃。今度は、頭部に。
変異種が、動かなくなった。
1体目、処理完了。
あたしは、すぐに東の変異種に意識を向けた。
中和剤の散布範囲内にいる。爪の腐食性が弱まっている。
近づける。
あたしの魔力弾が、東の変異種の4つの目を、続けざまに貫いた。
今度は4つ全部。
視界を失った変異種が、混乱した。
シオンとリィナが、左右から踏み込んだ。
数秒で、2体目も倒れた。
広間が、静かになった。
あたしたちは、息を整えた。
戦闘時間、約3分。想定より早かった。
ニーヴが、自分の薬瓶ベルトを確認した。
「中和剤、4本使った。残り2本」
「予備十分」
「シオン、紋様は」
「使ってないです。剣だけで対処できました」
「えらい」
ニーヴが、シオンの肩を軽く叩いた。
あたしは、倒れた変異種の死体を見た。
素材として——たぶん、使える。ニーヴの研究にも、ミクトの素材調達にも。
持ち帰る価値はある。
「リィナ。東の方、もう1体いる?」
「いた。今は、ない。たぶん——奥に引っ込んだ」
「深追いはしない。今日はここまで」
「了解」
4人で、戦闘の余熱を整えた。
第5階の広間が、また静まり返った。
応急封印された亀裂が、相変わらず、青白く光っていた。
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