第53話 夏祭り(1)
刑部市の夏祭りは。
毎年それなりに人が集まる。
全国的に有名というわけではない。
観光名所でもない。
けれど地元の人間にとっては特別だ。
駅前通りから神社まで続く屋台。
提灯の灯り。
浴衣姿の子供たち。
遠くから聞こえる祭囃子。
夏が来たのだと実感する景色。
そして。
今年も例年通り開催された。
少なくとも。
市民は誰も知らない。
数日前に世界が終わりかけていたことなど。
◇◇◇
「遅い」
待ち合わせ場所へ到着した瞬間。
ひかりに言われた。
「五分だろ」
「五分遅刻」
「細かいな」
「時間は守るもの」
真面目だった。
いつも通り。
その隣ではのぞみが既にりんご飴を食べている。
「お前は早いな」
「三十分前」
「何で」
「屋台巡回」
予想通りだった。
というか。
既に二本目らしい。
どういう胃袋をしているんだ。
「隼人」
その時。
聞き慣れない声がした。
振り返る。
少年だった。
浴衣姿だった。
「……」
「……」
数秒。
沈黙。
「どう?」
本人は真面目だった。
「似合う?」
誰が選んだのか。
おそらくエルザさんだろう。
白地に紺色の柄。
年相応の浴衣だった。
観測者だった頃の面影はほとんど無い。
本当に。
どこにでも居そうな少年だった。
「似合ってる」
「そう」
少し嬉しそうだった。
本人は隠しているつもりらしい。
全然隠れていない。
その時。
後ろからエルザさんが現れた。
「でしょ?」
完全に自慢だった。
「私が選んだ」
「やっぱりか」
「良いセンスしてると思わない?」
思う。
悔しいけど。
かなり似合っていた。
エルザさん自身も浴衣だった。
淡い金色の髪を後ろでまとめている。
いつもと雰囲気が違う。
というか。
「何だろう」
のぞみが呟く。
「腹立つぐらい似合う」
「それな」
僕も同意した。
「何でよ」
「何でだろうな」
理不尽だった。
◇◇◇
祭りは賑わっていた。
焼きそば。
たこ焼き。
綿飴。
射的。
金魚すくい。
どこを見ても人だらけだ。
そんな中。
少年は完全に挙動不審だった。
いや。
本人は真剣なのだろう。
だが。
見るもの全てに反応する。
「隼人」
「何」
「あれは」
「たこ焼き」
「何でタコを焼くの」
「美味しいから」
「なるほど」
本気でメモしている。
何を学習しているんだ。
次。
「隼人」
「何」
「あれは」
「綿飴」
「雲?」
「違う」
「食べられる?」
「食べられる」
「意味が分からない」
こっちもだ。
さらに。
金魚すくいでは十分近く観察したあと、
「これは魚類誘拐では?」
などと言い出して店主を困らせていた。
やめてほしい。
本当に。
やめてほしい。
◇◇◇
けれど。
そんな時間が。
不思議と心地良かった。
世界の危機は無い。
怪異も現れない。
戦いも無い。
ただ。
皆で祭りを歩いている。
それだけだった。
それだけなのに。
僕は思う。
たぶん。
守りたかったものは。
こういう時間だったのだろう。
観測者が理解できなかったもの。
アークが最後まで求め続けたもの。
未来のために保存する価値のあるものではなく。
今ここにあるから大切なもの。
その時だった。
遠くで花火が上がる。
夜空が白く染まる。
歓声が広がる。
そして。
隣に居た少年が。
初めて見る表情で空を見上げた。
驚きと。
感動と。
少しだけ。
子供らしい無邪気さを浮かべながら。
「綺麗だ」
小さく呟く。
その声を聞いた時。
僕は何だか少しだけ安心した。
きっと。
もう大丈夫なのだろう。
世界も。
彼も。
そして。
僕たちも。




