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神は言った。ラブコメに水着は定番だよね、と。  作者: 巫 夏希


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第44話 観測者の変化


 世界のどこかで。

 何かが軋んだ。

 それは耳で聞こえる音ではなかった。

 もっと大きな。

 もっと根本的な。

 世界を支えている見えない骨組みの一部に亀裂が入ったような、そんな感覚だけが静かに全身へ伝わってくる。

 僕たちは思わず周囲を見回した。

 だが。

 何も変わっていない。

 変わっていないはずだった。

 トンネルはそこにある。

 崩れかけた壁も。

 散乱した岩片も。

 遠くに広がる暗闇も。

 全部そのままだ。

 それなのに。

 何かだけが決定的に変わっている。

 そんな奇妙な違和感が空気の中に満ちていた。

 そして。

 観測者は動かない。

 巨大な身体も。

 無数の赤い目も。

 ただ沈黙している。

 まるで。

 考えているみたいに。


「……おい」


 のぞみが小声で言った。


「今あいつ考えてるよね?」

「たぶん」


 ひかりも珍しく断定しなかった。


「たぶんだけど」

「機械なのに?」


 機械なのか?


「そこが問題」


 短いやり取りだった。

 だが。

 全員同じことを考えていた。

 観測者は今まで答えしか持たなかった。

 目的も。

 手段も。

 結論も。

 全部最初から決まっていた。

 だから迷わなかった。

 迷わないから止まらなかった。

 止まらないから千三百年も世界を観測し続けた。

 そんな存在だった。

 だが。

 今は違う。

 初めて——迷っている。

 その事実そのものが異常だった。

 すると。

 アークが静かに息を吐いた。


「まずいな」


 その一言に。

 僕たちは反射的に振り返った。


「崩壊するって話か?」


 僕が聞く。

 アークは頷いた。


「そうだ」


 珍しく即答だった。


「元々あれは疑問を持つようには作られていない」


 観測者を見る。

 その目はどこか複雑だった。

 父親が問題児を見るような。

 そんな表情だった。


「世界を保存する」

「文明を残す」

「人格を記録する」

「それだけのための装置だ」


 静かな声が続く。


「だから目的そのものを否定されると壊れる」


 背筋が冷えた。


「ちょっと待て」


 僕は顔をしかめる。


「それって」

「うん」


 アークは苦笑した。


「人間で言えば自我崩壊みたいなものだ」


 その瞬間。

 遠くで赤い光が揺れた。

 観測者だった。

 無数の目が不規則に明滅している。

 先ほどより激しい。

 まるで内部で何かが衝突しているみたいに。



 ――保存は必要。



 声が響く。

 以前より小さい。

 以前より不安定だ。



 ――消失は損失。



 空間が軋む。



 ――しかし。



 赤い光が揺れる。



 ――現在も重要。



 次の瞬間。

 観測者の身体の一部が崩れた。


「っ!?」


 思わず声が出る。

 巨大な腕の一部だった。

 黒い構造体が砕け。

 赤い粒子となって空中へ散っていく。

 まるで。

 存在そのものが分解されているみたいだった。


『状況悪化』


 ガラムドのメッセージが届く。


『非常に悪化』

「だからどうすればいいんだよ!」

『分かりません』

「お前神だろ!」

『専門外です』


 いつも通りだった。

 だが。

 今回は本当に困っているらしい。


『観測者は人類史上初のケースです』

『前例がありません』

「役に立たないな!」

『同感です』


 認めた。

 最近この神様は認めることを覚えたらしい。

 その時だった。


「……違う」


 エルザさんがぽつりと呟いた。

 全員が彼女を見る。

 金色の瞳は。

 観測者だけを見ていた。


「崩れてるんじゃない」

「え?」

「苦しんでる」


 静かな声だった。

 怒りも。

 恐怖もない。

 ただ。

 少しだけ悲しそうだった。


「ずっと答えしか知らなかったんだ」


 観測者を見る。


「だから分からないんだよ」

「分からない?」


 僕が聞く。

 エルザさんは小さく頷いた。


「迷い方が」


 その言葉に。

 アークが目を閉じた。

 何も言わない。

 否定もしない。

 それだけで。

 その言葉が正しいことが分かった。

 そして。

 観測者は再び呟く。

 今度は。

 誰に聞かせるでもなく。

 本当に独り言のように。



 ――もし。



 長い沈黙。

 無数の赤い目が揺れる。



 ――私が。

 ――間違っていたなら。



 世界が震える。

 今度は先ほどより大きく。

 トンネルの壁に亀裂が走り。

 天井から岩片が落ちる。

 遠くの空間が歪み。

 景色が何重にも重なって見える。


『限界です』


 ガラムドが告げる。


『観測者の存在定義が崩壊しています』


 その時。

 エルザさんが。

 ゆっくりと前へ出た。


「エルザさん!」

「大丈夫」


 振り返らずに言う。

 その背中は不思議なほど落ち着いていた。

 まるで。

 答えが分かっているみたいに。

 そして。

 彼女は観測者を見上げた。

 巨大な存在を。

 世界を保存しようとした怪物を。

 千三百年間止まれなかった装置を。

 真っ直ぐに見つめながら。

 静かに言った。


「別に」


 優しい声だった。

 本当に優しい声だった。


「間違っててもいいんじゃない?」


 その瞬間。

 観測者の無数の赤い目が。

 一斉に止まった。

 まるで。

 その言葉こそが。

 今まで一度も観測したことのない未知の情報だったかのように。


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