表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神は言った。ラブコメに水着は定番だよね、と。  作者: 巫 夏希


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/55

第38話 エルディア(2)

 怒りだった。

 それも。

 人間の感情とはまったく違う種類の。

 無数の赤い目が一斉に輝いた瞬間、僕は初めて理解した。

 あれは怒っている。

 確かに怒っている。

 だが。

 そこには憎しみも憤りもない。

 ただ。

 許容できない誤差を発見した機械のような。

 そんな怒りだった。



 ――観測結果を否定。

 ――計画を妨害。

 ――記録保全に対する敵対行動を確認。



 世界が軋む。

 トンネルの壁に亀裂が走った。

 いや。

 壁だけではない。

 空間そのものにひびが入ったように見えた。

 景色が歪む。

 遠近感が狂う。

 近くにあるはずの岩壁が何十キロも先にあるように見えたかと思えば、次の瞬間には目の前まで迫ってくる。


「まずい!」


 アークが叫んだ。


「認識領域が壊れ始めてる!」

「認識領域って何?」

「君たちが世界を世界として認識するための土台!」

「もっと分かりやすく!」

「簡単に言うと現実!」


 全然簡単じゃなかった。

 だが。

 状況だけは理解できる。

 とてつもなくまずい。

 その時だった。

 赤い目の群れの中心で。

 何かが開く。

 巨大な瞳。

 そう思った。

 だが違う。

 瞳ではない。

 門だった。

 黒い空間が裂ける。

 その向こうには。

 無数の光が見えた。

 星にも見える。

 都市にも見える。

 あるいは。

 誰かの記憶の断片にも。

 僕にはそう見えた。


「……何だあれ」


 のぞみが呆然と呟く。

 アークが苦々しい顔をした。


「保存領域だ」

「保存?」

「奴が集めた世界だよ」


 空気が凍った。

 世界。

 今、世界と言った。


「待って」


 ひかりが珍しく声を荒げる。


「世界って何」


 アークは門を見つめたまま答えた。


「文明」

「歴史」

「人格」

「文化」

「生物」

「記憶」

「可能性」


 静かな声。


「滅んだもの全部だ」


 誰も言葉を失った。

 その規模は。

 想像を遥かに超えていた。

 切り裂きジャック。

 観測装置。

 都市伝説。

 そんなものではない。

 もっと大きい。

 もっと根本的な存在だ。

 目の前の怪物は。

 世界を集めている。

 千年や二千年ではない。

 気が遠くなるほど長い時間をかけて。


「……馬鹿だろ」


 僕は思わず呟いた。

 アークが少し笑う。


「うん」


 珍しく即答だった。


「だから止めたかった」


 その声には疲労が滲んでいた。

 千三百年前から続く。

 終わらない後悔が。

 そこにあった。

 すると。

 エルザさんが前へ出る。


「アーク」

「何だい」

「昔の君も」


 少しだけ迷う。


「こんなだったの?」


 アークは黙った。

 数秒。

 長い沈黙。

 そして。

 小さく首を振る。


「違う」


 寂しそうな笑みだった。


「最初はもっと小さかった」


 その一言に。

 何となく分かってしまった。

 最初から怪物だったわけじゃない。

 最初はきっと。

 誰かを助けたかっただけなのだ。

 失いたくなかっただけなのだ。

 それが、積み重なった。

 積み重なり続けた。

 いつしか、世界そのものを保存しようとする存在になった。

 そして。

 戻れなくなった。

 その時。

 門の向こうから。

 無数の光が溢れ出した。

 人影だった。

 老人。

 子供。

 兵士。

 学者。

 翼を持つ者。

 見たこともない種族。

 見たこともない文明。

 数え切れないほどの存在が。

 静かにこちらを見ている。


「うそ……」


 のぞみの声が震える。

 だが。

 僕も同じ気持ちだった。

 その光景は。

 どこか美しかった。

 そして。

 恐ろしかった。

 なぜなら。

 全員——生きていないからだ。

 保存されているだけだ。

 まるで標本のように。

 完璧な形で。

 永遠に。

 その瞬間、エルザさんが強く拳を握った。


「違う」


 小さく言う。

 だが。

 その声ははっきり響いた。


「違うよ」


 金色の瞳が揺れる。


「そんなの生きてるって言わない」


 門の向こうの光が静かに揺らぐ。

 まるで反応したかのように。

 エルザさんは一歩前へ出た。

 風が吹く。

 白い光が集まる。

 記憶を失っていた少女でもない。

 昔の天使エルディアでもない。

 そのどちらでもある。

 そして。

 そのどちらでもない。

 今ここにいる一人の少女として。

 まっすぐ前を見た。


「私はエルザだ」


 その宣言に。

 アークが目を閉じる。

 どこか安心したように。

 救われたように。

 そして。

 少しだけ泣きそうな顔で。

 微笑んだ。

 その時、観測者の声が再び響く。

 今度は。

 今までより遥かに低く。

 遥かに重く。

 まるで宇宙そのものが喋っているような声だった。



 ――修正開始。

 ――異常個体。

 ――アーク。

 ――エルディア。

 ――十文字隼人。



 無数の赤い目が輝く。

 そして。

 最後の宣告が下される。



 ――削除対象に指定。



 瞬間。

 門の向こうから。

 巨大な何かがこちらへ手を伸ばした。

 それはあまりにも巨大で。

 指一本だけで山脈ほどの大きさがあり。

 この世界そのものを掴み取ろうとしているように見えた。

 そしてアークは、その光景を見上げながら。

 皮肉げに笑った。


「さて」


 静かな声だった。


「千三百年前の続きを始めようか」


 次の瞬間。

 世界が白く弾けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ