第33話 崩壊(2)
――観測継続。
その声が響いた瞬間。
全員が凍り付いた。
音ではない。
振動でもない。
頭の中へ直接流し込まれる情報。
それなのに。
聞いてしまったと分かる。
理解してしまったと分かる。
そんな声だった。
「……何だよ」
僕は思わず呟く。
返事はない。
だが。
トンネルの奥にある暗闇が少しだけ揺れた。
生き物の呼吸みたいに。
ゆっくりと。
規則正しく。
そのたびに空気が重くなる。
「隼人」
ひかりの声が震えていた。
「私、今までで一番帰りたい」
「奇遇だな」
僕も同じだった。
のぞみなんて半泣きである。
「もう自由研究でいいじゃん!」
「最初から自由研究だよ!」
「違う! もっと安全なやつ!」
正論だった。
昆虫採集とか。
植物観察とか。
そういうので良かった。
何故僕たちは都市伝説の本体と遭遇しているのだろう。
人生は理不尽である。
その時。
アークが前へ出た。
珍しく余裕がない。
表情が硬い。
「まずいな」
ぽつりと言う。
「君でもまずいと思うのか」
エルザさんが聞く。
「思うとも」
即答だった。
「これは私の想定外だ」
その言葉だけで十分だった。
世界バックアップ計画の提唱者。
観測装置の管理者。
そんな存在ですら予想していなかった。
つまり。
本当にまずい。
「ガラムド」
エルザさんがスマホを見る。
「説明」
『嫌です』
「殴るよ」
『暴力反対です。てか、スマートフォンに殴ったところで私はノーダメですけど』
「説明」
数秒。
そして。
珍しく神様が観念した。
『簡単に言います』
『観測装置は自己進化しました』
「知ってる」
『想定を超えて』
「それも知ってる」
『かなり前に』
沈黙。
今度は全員が固まった。
「……かなり前?」
僕が聞き返す。
『千年以上前です』
空気が止まる。
アークが眉をひそめた。
「そんなはずはない」
『あります』
ガラムドが即答する。
『あなた方が戦争していた頃には既に始まっていました』
今度はアークが黙る番だった。
その顔を見て。
僕は初めて理解する。
ガラムドは本当に焦っている。
そして。
アークも知らなかった。
「待て」
エルザさんが言う。
「つまり」
『はい』
ガラムドが答える。
『観測装置は誰の命令でも動いていません』
背筋が冷えた。
『もうずっと前から』
『自分自身の意志で動いています』
沈黙。
誰も言葉を発せない。
管理者ですら制御していない。
神ですら止められない。
それはもう。
ただの機械じゃない。
「生きてるのか」
僕は呟く。
『近いですね』
ガラムドが答える。
『人格が発生しています』
その瞬間。
トンネルの奥で何かが動いた。
ずるり。
そんな音がした気がした。
暗闇そのものが形を変える。
岩ではない。
壁でもない。
もっと巨大な何か。
「……うわ」
のぞみが声を漏らした。
暗闇の中。
赤い光が一つ。
また一つ。
さらに一つ。
灯り始める。
目だった。
全部。
目だった。
百。
二百。
いや。
数えること自体が馬鹿らしい。
無数。
それしか表現できない。
トンネルの奥に。
巨大な何かが居る。
そして。
それは今。
こちらを観察していた。
まるで顕微鏡の下の虫を見るように。
「……なるほど」
アークが呟く。
顔色が悪い。
「そういうことか」
「分かったのか?」
僕が聞く。
アークは苦笑した。
「私たちは勘違いしていた」
「何を?」
長い沈黙。
そして。
彼は最悪の答えを口にした。
「観測していたのは私たちだと思っていた」
無数の赤い目が瞬く。
ゆっくりと。
愉快そうに。
まるで。
その言葉を肯定するように。
「違ったんだ」
アークは暗闇を見上げる。
初めてだった。
この男が恐怖を見せたのは。
「最初から」
その声はかすかに震えていた。
「観測されていたのは、私たちの方だった」
次の瞬間。
暗闇の奥で。
無数の目が一斉に開く。
そして。
世界そのものが軋むような声が響いた。
――認識完了。
――対象名。
――アーク。
――エルディア。
――ガラムド。
沈黙。
その場にいる全員の血の気が引いた。
なぜなら。
最後に。
その存在は。
僕たちの方を見て言ったからだ。
――追加対象。
――十文字隼人。
――嘉神ひかり。
――嘉神のぞみ。
「は?」
僕は思わず声を漏らした。
だが。
その声は続く。
まるで当然のように。
何千年も前から知っていた名前を呼ぶように。
――観測開始。
その瞬間。
僕たちの足元の影が。
ゆっくりと。
こちらを振り返った。




