表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神は言った。ラブコメに水着は定番だよね、と。  作者: 巫 夏希


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/55

第30話 上位存在、アーク(3)

 無数の影が。

 一斉にこちらを見た。

 その光景だけで、全身の毛が逆立った。

 壁から剥がれ落ちた人影たち。

 老人。

 女性。

 子供。

 背の高い者。

 小柄な者。

 形は様々だった。

 だが共通点がある。

 顔がない。

 そして。

 全員が静かだった。

 声一つ上げない。

 それなのに。

 圧倒的な数だけが迫ってくる。


「うわ……」


 のぞみが後退る。


「これ無理じゃない?」

「同感」


 ひかりも珍しく弱気だった。

 無理もない。

 百や二百では済まない。

 トンネルの壁という壁から影が剥がれ続けている。

 まるで今まで奪われた人格情報の全てが現れたみたいだった。

 そして。

 アークは動かない。

 ただ見ている。

 まるで結果が分かり切っている実験を眺める研究者みたいに。


「エルザさん」


 僕は小声で言った。


「何か方法は」

「ある」


 即答だった。

 だが。

 続く言葉は最悪だった。


「思い出せない」

「おい」

「ごめん」


 本当に申し訳なさそうだった。

 その時。

 ガラムドからメッセージが飛んでくる。


『左です』

『何が』

『左の壁』


 意味が分からない。

 だが。

 今さら神様の説明不足に付き合っている余裕もなかった。

 僕は懐中電灯を左へ向ける。

 光が壁をなぞる。

 そして。


「あれ?」


 気付いた。

 壁一面に残された無数の影。

 その中に。

 一つだけ。

 まだ剥がれていない影がある。

 若い女性の影だった。

 両手を広げるような姿勢。

 他の影と違う。

 どこか意思を感じる。


『それです』


 ガラムドが言う。


『エルディアが残した非常用権限』

「は?」


 今度は本当に声が出た。

 エルザさんも振り返る。


「私が?」

『正確にはエルディアです』

「同じ人だよ!」

『半分ぐらい違います』


 相変わらずだった。

 だが。

 今はどうでもいい。


『触れてください』


 その一文が届く。

 エルザさんが壁を見る。

 迷う。

 ほんの一瞬だけ。

 そして。

 ゆっくりと手を伸ばした。


「待って」


 アークが初めて焦った声を出した。


「それには触るな」


 だが。

 遅かった。

 エルザさんの指先が影へ触れる。

 瞬間。

 光が爆発した。

 轟音。

 トンネル全体を白い光が埋め尽くす。


「うわっ!」


 思わず目を閉じる。

 熱はない。

 だが眩しい。

 太陽を至近距離で見せられたような光。

 そして。

 誰かの声が聞こえた。



 ――やっぱり残しておいて正解だった。



 知らない声だった。

 女の人。

 だけど。

 どこかエルザさんに似ている。



 ――未来の私、聞こえてる?



 エルザさんが息を呑む。

 僕も気付いた。

 これは記録だ。

 昔のエルディア自身が残した、メッセージ。



 ――聞こえてるなら最悪の状況だね。



 妙に明るい声だった。

 エルザさんそっくりだ。



 ――たぶんアークが居る。



 向こうでアークが目を閉じる。

 まるで聞きたくない話を聞く時みたいに。



 ――そして君は記憶を失ってる。

 ――なら私の勝ちかな。



「勝ち?」


 エルザさんが呟く。

 記録の中のエルディアは笑った。



 ――アークは変わらない。

 ――絶対に。

 ――だから先に変わった方が勝つ。



 沈黙。

 その言葉に。

 アークの表情が少し曇った。



 ――君は人間と出会う。

 ――人間を知る。

 ――きっと私より人間らしくなる。



 光が強くなる。



 ――だから。

 ――昔の私より、今の君を信じなさい。



 そこで映像が途切れた。

 静寂。

 誰も喋れない。

 そして。

 エルザさんが立っていた。

 光の中心で。

 ゆっくりと顔を上げる。

 瞳の色が変わっていた。

 金色。

 透き通るような。

 夕陽にも似た色。


「……そうか」


 小さく呟く。

 その声は。

 今までのエルザさんとも。

 記憶の中のエルディアとも少し違った。


「私は私か」


 どこか納得したような顔だった。

 記憶を取り戻したわけではない。

 だが。

 記憶に振り回されることもなくなった。

 そんな感じだった。

 アークが静かに言う。


「エルディア」

「違うよ」


 エルザさんは首を横に振る。


「今はエルザ」


 その返事に。

 アークは長く沈黙した。

 そして。

 ほんの少しだけ笑う。

 寂しそうに。

 本当に寂しそうに。


「そうか」


 その時。

 周囲の影たちが一斉に動いた。

 命令を待てなくなったみたいに。

 波のように押し寄せる。

 百。

 二百。

 三百。

 数える意味もない。

 圧倒的な物量。

 だが。

 エルザさんは逃げなかった。

 前へ出る。

 一歩。

 そして。

 右手を掲げた。

 白い光が集まる。

 トンネル全体が震える。

 観測装置たちが警告音のようなノイズを発し始める。

 アークだけが、静かにその光を見つめていた。

 まるで、千三百年前にも同じ光景を見たことがあるかのように。

 そして。

 エルザさんは苦笑した。


「ごめんね」


 誰に向けた言葉なのか分からなかった。

 アークか——昔の自分か。

 それとも。

 その両方か。

 次の瞬間。

 白い光が。

 押し寄せる影の群れへ向かって解き放たれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ