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神は言った。ラブコメに水着は定番だよね、と。  作者: 巫 夏希


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第28話 上位存在、アーク(1)



 ――久しぶりだね、エルディア。



 その声が響いた瞬間。

 エルザさんの表情が凍り付いた。

 今まで見たことがない顔だった。

 恐怖。

 困惑。

 そして。

 罪悪感にも似た何か。


「……嘘」


 小さく呟く。


「どうして」


 震える声。


「どうして君が居るの」


 僕たちは顔を見合わせた。

 知り合いだ。

 しかも。

 かなり近しい。

 そうでなければ今の反応は説明できない。

 トンネルの奥。

 暗闇の向こうから。

 ゆっくりと足音が聞こえてきた。

 かつ。

 奇妙なことに。

 観測装置が反応していた。

 巨大な赤い目が明滅する。

 まるで警戒しているように。

 いや。

 違う。

 怯えている。

 そんな風にも見えた。



 ――上位権限接近。



 無機質な声。



 ――照合開始。

 ――照合。

 ――照合。



 突然。

 声が乱れた。

 ノイズが混じる。

 赤い目が激しく点滅する。


「え?」


 ひかりが眉をひそめる。


「壊れた?」

「違う」


 エルザさんが即座に否定した。

 顔色は悪いままだった。


「壊れてるんじゃない」


 そして。

 信じられないことを言った。


「怖がってる」


 沈黙。

 巨大な観測装置が。

 世界を複製しようとしている存在が。

 恐怖している。

 そんなことがあるのだろうか。

 だが。

 次の瞬間。

 その答えは現れた。

 暗闇の中から。

 一人の人物が姿を現す。

 男だった。

 年齢は二十代後半ぐらいに見える。

 黒髪。

 黒いスーツ。

 ごく普通の青年。

 少なくとも見た目は。

 だが。

 その姿を見た瞬間。

 トンネルの壁一面の影たちがざわめいた。

 いや。

 ざわめくだけではない。

 怯えていた。

 明らかに。

 そして。

 男の足元には——影がなかった。


「……」


 誰も喋れない。

 男はゆっくり歩いてくる。

 そのたびに。

 周囲の空気が静かになっていく。

 蝉の声もない。

 風の音もない。

 呼吸音すら遠くなる。

 世界から雑音だけが消えていくようだった。

 やがて。

 男は立ち止まる。

 エルザさんの目の前で。

 そして。

 困ったように笑った。


「本当に覚えてないんだね」


 優しい声だった。

 だが。

 エルザさんは一歩後退った。


「……来ないで」


 男が少し傷付いた顔をする。


「それは酷いな」

「来ないで」


 今度ははっきりと言った。

 震えながら。


「お願いだから」


 男は黙る。

 数秒。

 そして。

 静かに息を吐いた。


「そっか」


 その一言だけで。

 何となく分かった。

 この二人の間には——相当重い過去がある。

 その時。

 ガラムドからメッセージが届いた。

 しかも。

 珍しく誤字があった。


『投げてください』

『今すぐ』

『今すぐです』


 僕は目を疑った。

 ガラムドが。

 あのガラムドが。

 ここまで慌てている。


『誰なんだあいつ』


 返信する。

 すると。

 数秒後。

 返ってきた。


『最悪の相手です』

『だから誰だ』


 長い沈黙。

 そして。


『計画の提唱者です』


 全身から血の気が引いた。

 世界のバックアップ計画。

 その元凶。

 その本人。

 僕は目の前の青年を見る。

 どう見ても普通の人間だ。

 だが。

 普通であるはずがない。

 青年は視線を上げた。

 そして。

 初めて僕たちを見る。


「人間か」


 ぽつりと言った。

 その声に。

 悪意はなかった。

 だが。

 興味もなかった。

 人が道端の石を見る時のような。

 そんな温度だった。


「珍しいね」


 微笑む。


「エルディアが人間と一緒に居るなんて」

「その名前で呼ばないで」


 エルザさんが言う。

 青年は少し考えた。


「じゃあ」


 穏やかに続ける。


「エルザ」


 空気が止まる。

 その呼び方。

 その響き。

 まるで。

 昔からずっとそう呼んでいたみたいだった。

 青年は笑う。

 懐かしそうに。

 そして。

 誰も予想しなかった言葉を口にした。


「迎えに来たよ」


 エルザさんの顔から血の気が消える。


「一緒に帰ろう」


 優しい声だった。

 優し過ぎるほどに。

 だからこそ。

 僕は本能的に理解した。

 こいつは危険だ。

 観測装置なんかより。

 黒い影なんかより。

 遥かに。

 その時。

 青年の背後で。

 巨大な観測装置が膝をついた。

 まるで主君に頭を垂れるように。

 そして。

 赤い単眼が告げる。



 ――管理者権限認証。

 ――統括個体。

 ――アーク確認。



 その名前を聞いた瞬間。

 エルザさんは唇を噛んだ。

 そして。

 絞り出すように呟く。


「……やっぱり君だったんだ」


 青年――アークは。

 少しだけ寂しそうに笑った。


「うん」


 そして。

 昔話でも始めるような口調で言った。


「千三百年ぶりだね」


 その言葉と共に。

 エルザさんの封印された記憶が。

 さらに大きく軋み始めていた。


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