第27話 切り裂きジャック(16)
――この世界は、一度終了します。
ガラムドから送られてきたその一文を見た瞬間。
僕は思わずスマホを見返した。
『終了?』
即座に打ち込む。
『何だそれ』
数秒後。
返信。
『文字通りです』
『説明になってない』
『世界の保存とは複製です』
『だから』
『複製が完成した時点で、元の世界は不要になります』
背筋が冷たくなる。
『待て』
『それって』
『世界が滅ぶってことか』
今度の返事は早かった。
『概ね正解です』
最悪だった。
それ以上に嫌なのは。
ガラムドが冗談を言っている様子が一切ないことだった。
僕が黙り込んでいると、ひかりが顔を覗き込んだ。
「何て来た?」
「……聞かない方が良い」
「聞く」
即答だった。
この姉妹は本当に遠慮がない。
僕は観念して説明した。
数秒後。
のぞみが乾いた笑いを漏らした。
「はは」
笑顔だった。
だが目が笑っていない。
「規模が大き過ぎて逆に実感ないんだけど」
「同感」
ひかりも頷く。
「世界滅亡とか夏休みの自由研究で扱う内容じゃない」
確かに。
去年ぐらいまでは昆虫採集とかしていたはずなのに。
どうしてこうなった。
その時。
エルザさんが壁に映し出された光景を見つめながら呟いた。
「違う」
「え?」
「少し違う」
振り返る。
彼女は険しい顔をしていた。
「ガラムドの説明、半分だけ正しい」
スマホが震えた。
珍しく。
神様が即座に反論してきた。
『何ですかその言い方は』
「だってそうでしょ」
エルザさんが天井を見上げる。
まるで遠くの誰かと話しているようだった。
「世界を消したいわけじゃない」
『……』
「保存したいだけ」
沈黙。
ガラムドは返事をしなかった。
それだけで十分だった。
図星なのだろう。
「どういう意味だ?」
僕が尋ねる。
エルザさんは少し考えた。
そして。
「昔ね」
ぽつりと言う。
「世界が滅ぶかもしれないって話があった」
映像の中。
崩壊する都市。
砕ける塔。
逃げ惑う人々。
それらを見つめながら続ける。
「だから誰かが考えた」
静かな声だった。
「全部記録してしまえば良いって」
誰も喋らない。
「人も」
「街も」
「歴史も」
「思い出も」
「全部残せば」
少しだけ笑う。
「たとえ滅んでも、もう一度作り直せる」
ぞっとした。
理屈は分かる。
分かるが。
それは何かが根本的に間違っている気がした。
「コピーじゃないか」
僕は言う。
「そうだよ」
エルザさんは頷いた。
「だから反対された」
映像が変わる。
巨大な会議場。
白い翼を持つ者たち。
議論。
対立。
そして。
決裂。
「それが」
彼女は小さく息を吐いた。
「たぶん、始まり」
その時だった。
赤い目が再び明滅した。
――記録断片の開示を検知。
嫌な予感。
観測装置がこちらを見る。
正確には。
エルザさんを見る。
――記憶復元率上昇。
数字が浮かぶ。
——17%。
「っ!」
エルザさんがよろめく。
同時に。
大量の映像が流れ込んだらしい。
苦しそうに頭を押さえる。
「エルザさん!」
「平気」
全然平気そうじゃなかった。
だが。
彼女は無理やり立ち上がる。
「思い出した」
「何を」
数秒。
そして。
彼女は言った。
「私」
迷うように。
確かめるように。
「たぶん……その計画を止めようとしてた」
空気が変わる。
ガラムドも沈黙した。
トンネルの奥で。
赤い目だけが静かに輝いている。
「だから捕まったんだ」
エルザさんが呟く。
「だから記憶を消された」
そして。
ようやく。
自分自身について理解したような顔になった。
「私は逃げてたんだ」
その瞬間。
観測装置が動いた。
今までで最大の震動。
トンネル全体が揺れる。
壁に残っていた影たちが一斉にざわめく。
――危険認定。
赤い目が強く発光する。
――対象エルディア。
――反対派指導個体。
全員が固まった。
「指導個体?」
のぞみが呟く。
観測装置は続ける。
――計画阻害要因。
――優先排除対象。
その言葉と同時に。
空中に無数の黒い刃が出現した。
十本。
二十本。
三十本。
数え切れない。
今までとは桁が違う。
「まずい!」
僕は叫ぶ。
だが。
エルザさんだけは逃げなかった。
赤い目を見上げる。
そして。
どこか寂しそうに微笑んだ。
「やっぱり」
静かな声だった。
「君たち、まだ続けてたんだね」
その瞬間。
彼女の背中から。
白い光が大きく広がった。
翼ではない。
だが。
翼の残像のような光だった。
そして。
トンネルの最深部から。
今まで聞こえなかった別の声が響く。
低く。
重く。
古い声。
まるで何千年も前から待っていたかのような声だった。
――ようやく見つけた。
全員の背筋が凍る。
赤い目ではない。
観測装置でもない。
もっと奥。
もっと深い場所。
そこに。
本当に何かが居た。
そしてその声は。
懐かしむように。
嬉しそうに。
エルザさんへ告げた。
――久しぶりだね、エルディア。
次の瞬間。
エルザさんの顔から血の気が引いた。
まるで。
その声の主だけは、絶対に会いたくなかった相手であるかのように。




