第22話 切り裂きジャック(11)
何かが目を開いた。
その瞬間だった。
山全体が震えた。
錯覚ではない。
地面が揺れた。
木々がざわめく。
蝉の声が一斉に止まる。
まるで山そのものが息を呑んだようだった。
「隼人!」
ひかりの声。
我に返る。
目の前では影のない女性が立っている。
背後には黒い人影の群れ。
そして。
トンネルの奥。
暗闇のさらに奥から何かがこちらを見ている。
見えていない。
なのに分かる。
人間の本能が警鐘を鳴らしていた。
あれを見てはいけない。
あれに見つかってはいけない。
『逃げてください』
ガラムドのメッセージ。
『今すぐ』
『どこに』
『トンネルの中です』
「は?」
思わず声が出た。
普通は逆だろう。
危険なものが居るなら離れるべきだ。
『急いでください』
『理由を説明しろ!』
『外の方が危険だからです』
説明になっていない。
だが。
次の瞬間。
理由を理解した。
黒い人影たちが一斉にこちらを向く。
そして。
全員が同時に走り出した。
「うわっ!?」
「来た!」
のぞみが悲鳴を上げる。
「トンネル!」
エルザさんが叫んだ。
「中へ!」
全員が走る。
舗装の剥がれた旧道を駆ける。
フェンス脇の隙間を抜ける。
そして。
旧刑部山トンネルへ飛び込んだ。
途端に気温が下がる。
昼間だというのに薄暗い。
コンクリートの壁は黒く汚れ、水滴が垂れていた。
背後から足音が迫る。
影たちだ。
だが。
トンネルへ入った瞬間。
異変が起きた。
黒い人影たちが入口で止まったのである。
「……え?」
僕は振り返った。
人影たちは入って来ない。
並んでいる。
まるで境界線でもあるかのように。
「どうなってる」
ひかりが息を切らせながら言う。
答えられる者はいなかった。
すると。
エルザさんが壁へ手を触れた。
何かを確かめるように。
「やっぱり」
小さく呟く。
「知ってるのか?」
「知らない」
即答。
だが。
その顔は困惑していた。
「知らないはずなんだけど」
壁を見つめる。
「ここ、初めて来たはずなんだけど」
その時だった。
のぞみが懐中電灯を向ける。
「ねえ」
震える声だった。
「これ……何?」
光の先。
トンネルの壁面に。
無数の傷が刻まれていた。
いや。
傷ではない。
人影だ。
黒い染みのようなものが壁に貼り付いている。
何十人分も。
まるで誰かの影だけが壁へ縫い付けられたように。
そして。
その一つが。
ゆっくりと首を動かした。
「――っ!」
全員が息を呑む。
壁の影が。
こちらを見ていた。




