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神は言った。ラブコメに水着は定番だよね、と。  作者: 巫 夏希


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第17話 切り裂きジャック(6)

 悲鳴が聞こえた場所へ向かって、僕たちは山道を駆けていた。

 と言っても、本格的な登山道ではない。

 かつてトンネル工事のために使われていたらしい管理用道路だ。

 舗装は剥がれ、雑草が割れ目から伸び放題になっている。

 それでも人が歩くには十分だった。


「急いで!」


 先頭を走るのはエルザさんだった。

 普段なら考えられないぐらい真剣な表情である。

 その背中を見ながら、僕は妙な違和感を覚えていた。

 迷いがない。

 まるで場所を知っているみたいに。


「エルザさん!」

「なに?」

「どこへ向かってるんだ!」

「声がした場所!」

「分かるのか!」

「なんとなく!」


 絶対なんとなくじゃない。

 だが追及している余裕もなかった。

 数分ほど走ったところで視界が開ける。

 小さな空き地だった。

 草が踏み荒らされている。

 そして中央に――女性が座り込んでいた。


「大丈夫ですか!」


 ひかりが駆け寄る。

 二十代後半ぐらいだろうか。

 登山用の服装をした女性だった。

 顔色が真っ青になっている。


「み、見たんです……」


 震える声。


「見た?」

「白い女を……」


 全員が顔を見合わせた。


「どこで?」


 のぞみが尋ねる。

 女性は山の奥を指差した。


「あっちです……」

「何があったんですか」

「歩いていたら……急に……」


 言葉が途切れる。

 呼吸が荒い。

 パニック状態に近い。


「女が居たんです」


 女性は震えながら続けた。


「真っ白な服を着ていて……」

「それで?」

「顔がなかった」


 沈黙。

 蝉の声だけが響く。


「顔が……ない?」

「ええ……」


 女性は何度も頷いた。


「真っ白だったんです」


 僕は思わず眉をひそめた。

 怪談としてはありがちだ。

 だが。

 目の前の女性は冗談を言っているようには見えない。


「それから?」


 エルザさんが静かに尋ねる。


「振り返ったんです」

「うん」

「そしたら……」


 女性の瞳が恐怖で揺れた。


「影だけが切られていました」


 全員が黙った。


「影?」


 僕が聞き返す。


「私の影です」


 女性は地面を指差した。


「切られていたんです」

「何を言ってるんだ」

「分からないんです!」


 女性が叫んだ。


「でも見たんです!」


 半泣きだった。


「地面の影が裂けていて……」


 そこまで言って女性は俯く。


「怖くなって逃げました」


 誰も笑わなかった。

 笑える雰囲気ではない。

 ガラムドが言っていた。

 死体がある、と。

 そして今。

 影が切られるという証言。

 ただの都市伝説では説明できない何かが起きている。


「エルザさん」


 僕は小声で呼びかけた。


「どう思いますか?」

「……」


 返事がない。

 見ると、彼女は女性ではなく、その足元を見つめていた。

 正確には――影を。


「どうしました?」

「変だなって」

「何が」

「この人の影」


 エルザさんが呟く。


「薄い」


 その言葉に僕は女性の足元を見た。

 確かに。

 木漏れ日のせいだろうか。

 影が妙に薄い。

 輪郭が曖昧だった。


「気のせいじゃないのか」

「そうかな」


 エルザさんは首を傾げる。

 だが。

 その表情は何かを考え込んでいるようだった。

 まるで昔から知っている現象を見ているみたいに。

 その時、スマホが震えた。

 ガラムドからだった。


『見ましたか』

『何をだ』

『影です』


 即答だった。


『お前も知ってるのか』

『知っています』

『説明しろ』


 数秒後。

 返信が届く。


『まだ確証がありません』

『だから説明しろ』

『説明すると、あなたは帰ります』

『は?』

『帰られると困るんですよ』


 神様が最低だった。


『ふざけるな』

『私は真面目です』


 知っている。

 だから腹が立つ。


『一つだけ教えます』

『何だ』

『もし影を失った人間を見つけても』


 そこで文章が途切れる。

 嫌な予感がした。


『絶対に触らないでください』


 ぞくりとした。


『何故だ』

『最悪の場合』


 返信が届く。


『中身が別物になっています』


 思わずスマホを落としかけた。

 別物。その言葉の意味を考える。

 考えたくないのに考えてしまう。

 人間が人間ではなくなる。

 そんな意味にしか聞こえなかった。


「隼人」


 ひかりの声で我に返る。


「どうした?」

「警察に連絡した」

「そうか」

「でも」


 ひかりは困った顔をした。


「説明が難しい」


 無理もない。

 白い女が居た。

 影が切られた。

 そんな話を信じる警察官は少ないだろう。


「とりあえず下山した方が」


 のぞみが言いかけた。

 その瞬間だった。

 エルザさんが山の奥を振り返る。

 表情が変わった。

 血の気が引いている。


「まずい」


 小さく呟く。


「何が」

「来る」


 次の瞬間。

 空気が揺れた。

 いや。

 空気ではない。

 光だ。

 木漏れ日が一瞬だけ歪む。

 まるで映像が乱れたみたいに。


「え……?」


 のぞみが声を漏らした。

 地面を見る。

 影があった。

 僕たち全員の影が。

 そして。

 その中の一つが動いた。

 誰の影でもない。

 独立して。

 意思を持つように。

 地面を這う。


「なんだよ……あれ」


 ひかりが息を呑む。

 影はゆっくりと立ち上がった。

 人の形になる。

 輪郭だけの黒い人影。

 顔はない。

 目もない。

 だが。

 こちらを見ていることだけは分かった。

 そして――その右手には。

 巨大な刃物のようなものが握られていた。


「切り裂きジャック」


 エルザさんが呟く。

 その声は。

 初めて聞くほど冷たかった。


「やっと見つけた」


 その言葉を聞いた瞬間。

 僕は確信した。

 エルザさんは。

 この存在を知っている。

 僕たちよりずっと前から。

 ずっと昔から。

 まるで――忘れていた何かを思い出しかけているように。


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