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神は言った。ラブコメに水着は定番だよね、と。  作者: 巫 夏希


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第16話 切り裂きジャック(5)

 バスは古かった。

 少なくとも僕が生まれる前から走っているのではないかと思えるぐらいには。

 エンジン音は大きく、冷房は頑張っているのに少し心許ない。

 それでも外の熱気に比べれば天国だった。

 僕達は後方の四人席に固まって座り、山道へ向かう車窓を眺めていた。

 市街地を抜けると景色は急速に変わっていく。

 住宅地が減り、田畑が増え、やがて深い緑が窓の外を埋め始めた。

 山だ。

 夏の山は生命力に満ちている。

 木々は鬱蒼と枝葉を広げ、濃い緑の壁となって道路の両側に迫っていた。


「なんかワクワクするね」


 のぞみが窓に顔を寄せながら言う。


「遠足みたい」

「事件の調査なんだけどな」

「細かいことは気にしない」


 即答だった。

 この姉妹は割と肝が据わっている。

 普通なら都市伝説の現場なんて来たがらないはずなのに。


「そういえば」


 ひかりがスマホを操作しながら口を開いた。


「切り裂きジャックの目撃情報、また増えてる」

「また?」

「昨日の夜」


 画面を見せられる。

 匿名掲示板の書き込みだった。


『旧刑部山トンネル近くで白い服の女を見た』

『顔が見えなかった』

『振り返ったら消えてた』


 ありがちな怪談だ。

 夏になると全国で量産されるタイプの。

 だが。

 その投稿時刻を見た瞬間、少し違和感を覚えた。

 午前二時四十三分。

 そして投稿者の位置情報。

 旧刑部山トンネル。


「随分ピンポイントだな」

「だよね」

「創作じゃないのか?」

「どうだろ」


 ひかりは肩を竦めた。


「でも同じ場所ばかりなんだよ」


 確かに。

 普通の怪談なら目撃地点はばらける。

 学校だったり、公園だったり、神社だったり。

 しかし今回の噂は違う。

 異常なほど場所が集中している。

 まるで誰かが意図的にそこへ誘導しているみたいに。


「……」


 僕は無意識に前方の席を見た。

 エルザさんが居る。

 一人で座り、鼻歌交じりに外を眺めていた。



 ——警戒するな。



 ガラムドはそう言ったわけではない。

 気を付けろと言っただけだ。

 だが。

 その曖昧さが余計に不気味だった。

 神様がわざわざ忠告してくる。

 それだけで十分異常だ。

 その時、エルザさんが振り返った。



 ——僕と、ばっちり目が合う。



「少年」

「な、何だよ」

「そんなに見つめられると照れるんだけど」

「見てない」

「嘘だね」


 また即答だった。


「少年、隠し事が下手だから」


 にやりと笑う。

 その笑顔はいつも通りだった。

 明るくて。

 人懐っこくて。

 どこか無邪気で。

 だからこそ不安になる。

 もし仮に演技だったら。

 あまりにも自然過ぎる。

 バスはさらに山奥へ進んだ。

 乗客も少しずつ減っていく。

 終点近くになる頃には、車内に残っているのは僕達と老人が一人だけだった。

 そして。


『次は旧刑部山入口』


 車内放送が流れる。

 僕の背筋を冷たいものが走った。

 窓の外を見る。

 空気が変わっていた。

 気のせいかもしれない。

 だが確かに変わっている。

 夏の山特有の湿気。

 それとは別の何か。

 言葉に出来ない圧迫感があった。


「着いたね」


 エルザさんが立ち上がる。

 いつの間にか笑顔が消えていた。

 いや、正確には——笑顔が薄くなっていた。

 ふざけた雰囲気が消え、代わりに鋭い何かが覗いている。

 まるで別人みたいに。

 僕達は、バスを降りる。途端に蝉の声が押し寄せてきた。

 耳が痛くなるほどの大合唱だった。

 見上げれば山。

 見下ろせば舗装された一本道。

 そして少し離れた場所には、古びた金網のフェンスが見える。

 その向こう。

 木々の隙間から黒い穴のようなものが覗いていた。

 旧刑部山トンネル。

 現在は封鎖されている廃トンネルだ。


「うわ……」


 のぞみが思わず声を漏らした。


「思ったより雰囲気ある」

「夜だったら絶対来たくない」


 ひかりも珍しく真顔だった。

 無理もない。

 昼間だというのに薄暗い。

 周囲の木々が日差しを遮り、トンネル周辺だけが切り取られたように陰っている。

 その時だった。

 ポケットのスマホが震えた。

 またガラムドだ。


『到着しましたね』

『見てるのか?』

『ある程度は』


 相変わらず神様の基準は分からない。


『前方二百メートル』

『何がある』


 数秒の沈黙。

 そして。


『死体があります』


 思考が止まった。

 心臓が一拍遅れて鼓動する。


『冗談だろ』

『私は冗談が苦手です』


 知ってる。

 知っているから余計に笑えない。


『警察は?』

『まだ発見していません』

『どうして分かる』

『神ですから』


 そうだった——そして、それを言われると反論出来ない。

 だが。

 問題はそこじゃない。

 もし本当に死体があるなら。

 切り裂きジャックの噂は単なる都市伝説ではなくなる。

 誰かが死んでいる。

 現実の事件になる。


「隼人?」


 のぞみが不安そうな顔を向ける。


「どうしたの?」

「いや……」


 言うべきか迷う。

 だが。

 その迷いは次の瞬間、吹き飛んだ。

 山の奥から。

 悲鳴が聞こえた。

 短く。

 鋭く。

 女性のものと思われる叫び声。

 全員が同時に顔を上げる。

 空気が凍り付いた。

 蝉だけが何事もなかったように鳴き続けている。


「今の……」


 ひかりが呟く。

 誰も答えない。

 答える必要もなかった。

 聞き間違いではない。

 全員が聞いた。

 そして、エルザさんだけが静かに山の奥を見つめていた。

 その横顔からは、いつもの軽薄さが完全に消えている。


「始まったみたいだね」


 小さな声だった。

 だが。

 何故かその言葉だけは、異様にはっきりと耳に残った。

 まるで彼女が。

 最初から何かを知っていたかのように。

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