第23話 月夜のメロディ
皆が酔っぱらって寝静まった頃、文は起き上がった。
ピイ、やっぱり迎えに行くよ。陸さんはああ言ったけど、まだ信じられない。私が呼べばピイは帰って来るよね。
そっと宿を抜けだした文は一応白い杖を持って桟橋へ向かう。ボヤッとしか見えないし、今度は落ちないように気をつけなくちゃ。細い三日月だけが頼りだ。ゆっくりと桟橋の真ん中を歩き、夕方落っこちた辺りに座込む。文はピッコロを取り出した。
吹き始めたのは『いきものがかり』の『SAKURA』。ピイを想う気持ちを載せた、ピイの為のメロディ。ピッコロが謳い出した。勝手に涙が流れて来る。文が奏でるメロディも海風に乗って流れていった。
ピッコロが止むと波の音ばかり。もう一回だ。ピイに聴こえるまで吹き続けよう。文は何度も繰り返し吹いた。流石に夜の海風は冷たく身体も冷えて来る。やっぱりピイは帰って来ないのか。でももう一回、もう一回だけ吹いてみよう。
息をついて、再び文が吹き始めた。するとそこへ伴奏が重なって来た。クラリネット?
終わりまで吹いて文が振り返ると、美鶴が照れ笑いを浮かべて立っていた。
「美鶴さん・・・」
「酔っぱらうと眠りが浅くてね、窓を開けたらピッコロが聞こえてきて」
「あ、うるさかったですか」
美鶴は文の隣に座った。
「ううん。微かにだから。ほら、私たちってやたら耳が敏感じゃない?私なんか海に来ると船の汽笛がクラやオーボエに聴こえたりして、職業病よね」
文は首を傾げた。
「ピイのために吹いてたんでしょ。素直なきれいな音だった」
「クラが入ってきてドキっとしました。けど波の音みたいに落ち着いたベースだったのでそのまま続けちゃいました」
「うん。止めないでって思いながらそっと入ったんだ。ごめんね文、私さ、ちょっと文に意地悪だったじゃん。だから懺悔のベース。クラは主役もわき役もこなせる魔法の笛だから」
「懺悔なんて…」
「ま、いいじゃん。寒くなって来たしもう一回だけ吹いて帰ろう」
「はい」
二人は再度笛を取った。切ないピッコロのメロディを母なるクラリネットが支える。途中から更にフルートの音が重なって来た。3つのメロディはハーモニーになって三日月の光を映す海に響き渡った。今度は茜さんだ。公園で初めて出会った時と同じだ。そしてあの時は確かに私の転機になった。今もそうなのかも知れない。
波頭が白く砕け、浜辺に押し寄せる。ピイはもう眠っているのかな。もしかしてこの海の底で。この音と三日月の光が届けばいいのに。私がここに来ていることが判ればいいのに。
茜は美鶴と反対側に座った。
「鎮魂のメロディだったよね」
「聴いてくれたでしょうか」
「きっとね。文は目が見えなくてもピイの事、見えてたでしょ。ピイだって眠ってても文の音は聴こえてるよ。それで文の事、頑張れって応援してるよ」
「はい」
「前を見よう」
そうだ。これから私は前に進む。ピイ有難う。さようなら。
三人が去った桟橋にも白い波は寄せて返し続けた。まるで全ての生命を吸収した大海原の鼓動のように規則正しく、そして美鶴のベースのように深く低い音色で。




