第22話 告白
30分ほど経ってから茜と文は戻って来た。パジャマ代わりのスウェットにウィンドブレーカを羽織っている。桟橋の上は流石に恐々だったが、文も一人で歩いている。
「ピイはまだですか?」
文はピッコロのケースも持ってきていた。
「吹いたらピイも気づくんじゃないかと思って」
陸と美鶴は目を伏せた。茜が聞いた。
「全然来ない?ちょっと他の人にも聞いてみようか?帰って来ないようだと貼紙してみてもいいしね。そもそもピイは迷子鳥だったんだからさ、しぶとく頑張ると思うんだ」
陸が一歩前に出た。
「いや、あの、文ちゃん、茜さんもちょっと聞いて下さい」
「ん?」
「あの、文ちゃん、落ち着いて聞いてね。僕しか目撃していないから」
「はい。目撃・・・したんですか?」
「うん、あの、さっき二人が海に落ちた時の事なんだけど」
陸は事実を打ち明けた。一瞬の出来事でどうにもできなかった事。恐らく鳶は旋回しながらピイの事を見つけ、ピイが文から離れるのを待っていたんじゃないかと、陸の考えも入れた。
文の本物の目にはたちまち涙が溢れ、折れるようにしゃがみこんだ。茜も傍らにしゃがむ。今も空にはたくさんの鳶が舞っている。状況は文にも理解できた。
「文、一緒に吹こうよこれからも。ピイの事は忘れないで、ピイと一緒のつもりで」
文は小さく頷いた。
「ピイは自分と引き換えに私に視力をくれたんですね」
「そうなるね。文の瞳にピイがいるんだよ。文はピイが大好きで、ピイも文が大好きで、文の音はピイの声なんだよ」
「はい・・・」
もじもじしていた陸は更に殊勝に告げた。
「あの、それで僕、茜さんの事は諦めます。文ちゃんには勝てない。美鶴さんも同じ気持ちです」
茜はきょとんとした。
「諦める?私の何を諦めるの?」
「え?」
今度は陸がきょとんとした。
「いや、口に出すの恥ずかしいけど『愛』です。バースデイプレゼントの意味、お解り頂けましたよね」
「へ?あの羽根の事?釣りが好きって書いてあったけど、悪いんだけど私、釣りには興味なくてさ、だからピイのおもちゃになってるんだ」
「え?」
陸はおでこに手を当てた。
「そう…ですか・・・。参ったな。あれってピアスだし、好きって茜さんの事だったんですけど」
えー? 茜は素っ頓狂な声を出した。
「意味わかんないよ。陸が私を好きなの?全然知らないよお」
「はあ、だから努力はしたつもりだったんですけど」
「それで、それをなんで今諦めるの? あ、OKって意味じゃないよ、急だからよく判んなくて」
「だって、茜さん、文ちゃんがいいんですよね」
「は?」
茜は呆れた。
「あのさ、もしかして私と文が、その、百合みたいな仲とか思ってる?」
「違うんですか?ずっと前、あの練習室で、あ・あの、茜さんと文ちゃんが抱き合ってたって、美鶴さんが見たって」
あ!
文は思い出した。あの、それって私がピイを踏んづけそうになって、その時茜さんが私に飛びついてこけちゃって、それでピイが助かった時のことじゃ・・・。
茜も思い出した。そうだ。あの時、文と抱き合った形になって、倒れて目の前に文の顔があって、でも確かに少し見とれてキスしちゃいたい気持ちになった。あ、でもこれは言えない…、茜は少し顔を赤らめて
「バカ。んな訳ないじゃない。アンタたちそんな風に思ってたの?」
茜は恥ずかしさを誤魔化そうと陸に食って掛かった。
「はい・・・完全に。茜さん取られたと」
「美鶴もそう思ってたの?」
「はあ。文はライバルだって思ってました」
「よくそれで一緒に演奏出来たわね今まで。バカバカしい。私はまだ誰もそんな風に好きになった事ないよ。勝手に決めないでくれる?やってらんないなあ全く。さ、もう今日はペンションに戻るよ。これ以上聞いてると私がおかしくなっちゃう。文、ピイはきっとどこかで見てくれてるよ。文の目が見えるようになったこと、ピイが一番喜んでるよ。ね、みんなややこしいこと言ってないで今日は帰ろう」
「はい・・・」
文は一連の騒動で心が攪拌され、ピイを思う気持ちが少し柔らかくなったことに気がついた。そうだ、実は大変なんだ。見えるようになったんだ。まだボーッとだけど、それでもこれまでの明暗だけの世界とは雲泥の違いだ。周りのものみんなが初めて見るものばかりだから、子供からやり直しだ。歩くだけで酔いそう。見えるって不思議だ。
茜は改めてみんなを見渡して言った。
「さ、美鶴も陸も、愛の話はペンディングにして、今日は飲むよっ! 文の回復祝いだ。文はウーロン茶だけどね」




