逃げ場が無かった。
逃げ場が無かったのか。
「まだ読んでいたのか。」
親父が欠伸をしてから聞いてきた。
「うん、何というか、壮絶な学生生活だったんだね大介兄ちゃん。」
僕は自分の学生生活を思い出していた。
僕はいじめられた経験、仲間はずれにされたり、無視されたりを思い出していたけど、大介兄ちゃんがやられていた、「いじめ」には遠く及ばなかった。
何より兄ちゃんには「逃げ場が無かった」のが辛すぎる。
僕には家に帰れば、親父と母さんという味方が居たし、食べる物にも、安心して眠る場所にも困った事は無かった。
「殴られたら殴り返せ。責任は父さんが取るから。」
学生時代のクラスメイトからの暴力に対して、親父も母さんも応援してくれた。
多分、僕と相手の親同士の、めんどくさいトラブルもあったのだろう。
だけど一切僕に、両親は何も言わなかった。
「お前の問題は、お前が解決しなくてはならない。これは社会でも一緒だ。分からなかったら父さんに聞け。」
学生時代、親父の口癖だった。
「親は子の後始末をするのが義務だからな。お前のためなら、いくらでも頭を下げてやるぞ。」
暴力によるいじめに対して、親父は良く言っていた。
兄ちゃんと比較してはならない。
これは誰かの手帳であって、距離を取って読むものだ。
だけど、あまりにも壮絶というか、心に来る。
「父さんが車出すから、明日は午後から、ばあちゃんの居る施設に顔出すぞ。今日はもう遅いから、午前中にでも残りを読んだらいい。」
親父がそう言うと、リビングを出て行った。
祖母は認知症が進んで、徘徊するようになってしまってから、親族の誰も面倒が見られないので、施設に預けられている。
年齢も高齢で、「そろそろ近いんじゃないか」などと親戚中で噂になっている。
僕はテーブルの日記と手帳を見ていた。
最後の手帳は、前半の半分程焼けた痕がある。
日記の最初に書いてあった、焼かれた手帳がコレなのだろう。
僕はリビングに手帳と日記を残し、リビングの明かりを消した。
僕は自分の部屋に戻り、布団に入った。
明日、残りの全部を読んで、兄ちゃんの人生を覗いてみようと思う。
2017.7.29 土曜日 平成29年
焼けた手帳へ続きます。




