なんだよこれ・・・
僕は手帳の最初を読んだ。
「な…なんだよこれ…」
1番古い日記の、冒頭の数ページを読んだ。
吐き気がした。
めまいがする。
そんなバカな。
あの大介兄ちゃんがこんな…あの優しいおじさんとおばさんが、兄ちゃんにこんなひどい扱いをしていたのか。
嘘だろう、あの優しい兄ちゃんがおじさんとおばさんに、とんでもない歪んだ感情を持ってて、いや、逆も、いや、いや、…うう。
「おい!大丈夫か!」
親父の声で我に返った。
「しっかりしろ。最初に言っただろう。そしてお前も先生だろうが。」
そうだ、大介兄ちゃんのこれは遺品だ。
憧れだけで人格者だという妄想は捨てねば。
人間弱い心があって当たり前なんだ。だけどこれは余りにも…
「実はなぁ、大介が小さい頃にウチで引き取ろうかという話があったんだ。」
親父が2本目のタバコに火をつける。
「冒頭のこれだけを読む限りだけど、これが本当だったとしたら何故引き取らなかったのさ!」
わなわなと怒りとも悲しみともつかない感情で手が震える。
「多分大介が書いている事は本当の事だ」
「だったら何故!?」
「拒否したんだよ。大介本人が」
え、兄ちゃん本人が拒否?何で。
「強盗と人質の話を知らないか?」
「ちょっとだけわかるよ。強盗と人質が結婚してしまうって話でしょ?」
「今から考えると大介が人質みたいな心の状態だったのかもしれない。」
親父はテーブルに片肘を突いて額に手を当てて言葉を続けた。
「今から考えると無理にでも引き離すべきだったかもしれん。」
親父の目は窓を見ていた。
「そういえばお前が小学生の時に大介とトレーニングしていたな。」
「うん。あの時から僕は大介兄ちゃんを目標にしてがんばったんだ。」
「日記の冒頭は多分、その後の話だな。トレーニングしていた時は大介は自衛官だったから。」
僕はソファから立ち上がり、冷蔵庫の麦茶とコップを2つ用意してきて親父に1つ出した。
僕は麦茶を一気に飲み干して深呼吸した。
「手帳はちょっとだけ見た限りだけど、兄ちゃんは、やっぱり強いね。」
「どうしてそう思う。」
「普通なら、少なくとも僕なら父さんにこんな事言われたら死ねるから。」
親父は麦茶を飲みながら僕の言葉にちょっと噴いた。
「言う訳ないだろう。お前は大事な息子なのだから。」
「そうだよね。絶対言わないから信じてる。」
親父がタバコの火を消して僕の目を見る。
「多分だけど大介のような子供がいる。その子にどう接するか学校でお前は出来るか?」
親父の言葉にぎくりとした。
「実際は隠れててわからないんだ。子供が親を庇っちゃうから。」
僕はため息をついた。
「じゃあ大介を救ってやれ。文章の中で苦しんでる大介を救えたら、他の子も救えるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、たった数ページで気分が良くないよ。でも…」
自信がない。
正直大介兄ちゃんの心の強さはすごい。
だが闇が深すぎる。
読んで兄ちゃんを救えたかもしれないという方法はあったのだろうか。
僕の教育者としての強さが試されている気がする。
「少しずつ読む事にするよ。僕はこれを持って行く。」
「それがいい供養になる。これらの本は逃げないからな。大事にしてやれ。」
親父は麦茶を飲み干して笑った。
続けます。次は手帳の続き。2017.7.7