手帳3-1
中学生になった。
地獄のような小学校が終わり、逃げるように引越しを終えて中学へ入学した。
小学校の卒業式も、中学校の入学式も、私の両親は来てくれなかった。
私に対して本当に興味が無いのだなと思った。
また新しい場所で、だが今回は腐った掃き溜めのような場所から逃げたのだ。
今度は良い事が起きる。
そんな予感がしていた。
だがそれは甘い考えだった事に、私は今でも頭が痛い。
本当の私の地獄はこれから、もっと苛烈になって行ったのだった。
新居は近所でも有名なお化け屋敷だった。
道路を挟んで向かい側にはお寺があり、墓地があった。
私は変な物を見る体質も相まって、毎日怯えて生活することになった。
毎日誰も居ないのに階段を登る音がしたり、人の気配を感じて振り返ると、黒い「モヤ」のようなものがあって、それがうごめいていたり、トイレの蓋を開けると顔があったりと、私は心が家に居て削れていった。
そんな中で私は中学校に通う事になったのだ。
「あのお化け屋敷に住んでる奴だよ」などと陰口を叩かれていたのを私は聞こえていた。
耳だけは妙に良かったのだ。
今でもそれが良いか悪いかは、分からないのだが。
学校で何かと私に話しかけてくれる奴が居た。
引っ越して来た私に、今から考えると皆に溶け込めるように、心配して世話を焼いてくれていたのだと思う。
「お前かなりクラスで浮いてるぞ。もっと皆に馴染むように、言葉とか態度に気を使った方がいい。」
当時の私は他人との距離が分からなかった。
もっとこの言葉に対して、真剣に向き合って、上手な嘘のつき方を考えていたら、後の人生は変わったのかもしれないと思うと、後悔しかない。
当時は嘘つきと泥棒が大嫌いで、周りが全てそういう人間に見えていたので、私は思った事を言葉にしてしまい、嘘つきと呼ばれないために、正直者であろうとした事は、仕方なかったと言えば、言い訳になってしまうだろうか。
雑に説明するならば、「社会的な嘘をつく事が、私はたまらなく嫌だった。」という事だ。
中学に上がってからの初めての夏休み。
「お前ら絶対に車が新しくなった事を言うなよ。」
祖父母の家へ向かう途中に父が、私たち兄弟に言った。
当時は何の事か分からなかったが、父は三年毎に新車に乗り換えていて、そのローンが家計を圧迫していて、私たち兄弟が貧乏で苦しい思いをしていた事を、父は祖父母や親戚に悟られたく無かったようだ。
私はそれが当たり前だと思っていたが、「嘘つきの父が嫌がる事」をしてみたくなった。
しかし、父からの攻撃を受けるのも嫌なので、別の方法で嫌がらせをする事にした。
私は祖母に、「父に話す事を禁じられた事」を話した。
「お父さんに言われたんだけど、新車だって事を隠せって言われたんだ。」
祖母は驚いていた。
「分かった。ばあちゃんに任せておけ。」
祖母は賢い人だった。
祖父母や親戚たちは、全く知らないフリをしていた。
だが、下の弟が、言いたくて仕方なかったのだろう。
「このクソガキが!」
新車の話を父の前で祖父母に話しをして、下の弟の公開リンチが始まった。
親戚中誰も手が付けられなかった。
私は「バカが。言われた事を守らないからだ。」などと、自分の事を棚に上げて、最低な事を思いながら、その公開リンチを見ていた。
後に祖母が言っていたが、「あそこで割って入ったら、二度とお前ら兄弟に会えなくなると思って、止められなかった。今でも済まないと思ってる。」と祖母が泣いて詫びていたのを覚えている。
この頃、時は昭和が終わり、平成となっていた。
2017.7.27 木曜日 平成29年




