手帳2-13
訪問者と電話
両親は週末の夕方から家に居ない事が多かった。
「魔法の集会に行ってくる」
こう悪びれて母はとても楽しそうに出かける理由を説明し、両親は朝まで帰ってこなかった。
そんな日が、いつぐらいにあったのか、私は思い出せない。
そんな日が終わり、週末に両親が出かける事が無くなったある日の事だった。
外の物置きプレハブに、ゴルフクラブなどの他に、何かの木製の看板を見つけた。
ビール、突き出し、・・・
どこかの店の屋内看板が物置の中にあった。
当時は父か母のどちらかが、どこかから泥棒してきた物なのだろうと思って、両親を軽蔑していた。
それからだろうか。
深夜でも昼間でも関係なく、両親を呼ぶために電話が鳴り、お客さんが来て、呼び鈴を鳴らすようになったのは。
電話機に座布団が重ねられて、電話の呼び音が聞こえないようにされていることが、私は妙に思った。
深夜にドアが乱暴に叩かれる音、蹴られる音、大きな罵声が外から聞こえていた。
何日も何日も、それが続いていた。
その度に照明が消され、「絶対に声を出すな!」と命令されて、それから私は暗闇が怖くなった。
そんな来訪者と電話は、いつまでも続いた。
そして私の小学校の卒業と同時に、急に引っ越す事になった。
今思えば夜逃げだったのだと思う。
私はこの記憶を組み立てると「両親は何かしらの飲み屋のような商売をしていて、それに失敗して借金を負い、借金取りに追い込みをかけられていた。」という答えに至る。
私は両親が許せない。
子供にお金を掛けず、自分の娯楽のために借金までして遊び、そして踏み倒したという記憶により、私は両親に憎悪を抱いた。
だがこれは悪い記憶で、組み立ててはいけない、答えを出してはならない記憶なのかもしれない。
それが憎悪を呼び、両親を憎む理由となり、「両親を憎む」という世間様では正しくない考え方に至るのが、それがとても嫌な事で、ダメな事で、残念な事になるのが、今の私には耐えられないのだ。
2017.7.24 月曜日 平成29年




