手帳と日記
僕は日記と手帳に出会った。
手帳と日記
「これは?」
ネクタイを緩め背広の上着を脱ぎ、ハンガーへ掛けている親父に僕は聞いた。
それは手帳と日記帳だった。
リビングのテーブルに数冊の、よく本屋で売られている手帳と日記帳だが、少々古いものが置かれていた。
「大介を覚えているか?」
親父がスーツを脱いで、部屋着に着替えてテーブルに着いた。
「もちろんだよ。…もしかして、」
僕は大介兄ちゃんが大好きだった。
親父の姉、伯母さんの長男、従兄弟の大介兄ちゃん。
小学生の時に一緒にトレーニングをしてくれたのを良く覚えている。
とても優しくて、僕の中の理想の大人の1人だ。
兄ちゃんのようになりたくて、学生の時にいじめに会ったけど、僕は大学を出て強くて頼りになる理想の大人になりたくて、それをかつての兄ちゃんのように子供たちに見せたくて、小学校の教師になったぐらいだ。
その兄ちゃんが亡くなったのは2年前。交通事故だった。
打ち所が悪かったのだろう。聞いた話だが、きれいな遺体だったそうだ。
兄ちゃんは生前、献体の申し込みをしていて、葬儀には遺体は無かった。
今、兄ちゃんの遺体は大学病院で医者の卵たちのために使われている。
死んでも尚、人の役に立ちたかったのだろうと、僕は兄ちゃんを誇りに思っている。
「もしかして、…兄ちゃんの?」
「そうだ。」
親父はタバコに火をつけて紫煙を上に噴き上げた。
「姉さんはすでに亡くなっているし、兄さんもひどい亡くなり方だったなあ」
親父が遠い目をしている。
「じゃあこの手帳と日記はどうしてここにあるの?」
大介兄さんには弟たちがいる。
「大介の弟たちがどこへ行ったものやら、わからないんだ。」
眉をひそめて親父はため息をついた。
「だから巡って父さんが預かったんだ。しかしなあ…内容が」
大介兄さんの日記と手帳がここにある。
兄さんは僕の理想の大人だ。
親父の話から、この手帳と日記には兄さんの弱音が書かれている。
「父さん。これらを僕が貰ってもいいかな?」
読んでみたい。
強くて優しくて、僕の目標だった兄さんの弱い部分が書かれている。
きっと僕の今後の人生にも役立つ。
そんな気がして読んでみたいと思って言葉が口に出た。
親父がちょっと困ったような顔をした。
目をつむり少し考えてから決心したようだ。
「よし、お前も大人だ。お前が持っていけ。」
やった。
僕は財宝を得たような気分になった。
その気分に親父が水を挿すように続ける。
「だが覚悟して読め。これは危ない。」
危ない?どういう意味だろう。
「ここで数ページ読んで行け。それからでも遅くない。」
お盆休みの帰省で実家に居る僕は、明後日には帰らなくてはならない。
もちろん、この日記と手帳は持って行くつもりだ。
でもここで読んで行けとはどういう事だろうか。
僕は一番古い大介兄さんの日記を手に取って、リビングのソファに座って読み始めた。
続きます。2017.7.7