手帳1-6
幼稚園に入園
春になり私は再び、地獄と呼ぶに相応しい両親の元へ戻った。
だが元の地獄ではなく、そこは新しい公営住宅だった。
父が公営住宅への応募をして当選したのだった。
家族が増えた事で広い家へ引越しを希望しての事だった。
戸惑った。
私の幼いながらのコミュニティが半年の間で消えてなくなっていたのだ。
知らない場所、知らない街、知らない人たち。
全てが未知という恐怖の地獄だった。
引越したその場所から私は幼稚園へ通うことを母から命令された。
二年間。
何もかも分からない事、無理強いされる事が何よりも恐怖で、私はその施設へ通う事を拒否した。
嫌がる私の腕を母に引かれて幼稚園へ連れて来られた。
「うちのバカをお願いします。言う事聞かなかったら叩いても良いので。」
私をバカと呼ぶのを初めて聞いた。
何も分からない恐怖と、私をバカと呼ぶ母に対して、初めて妙な気持ちが沸いた。
この時からだったと思う。
母に対しての気持ちが、父へ対する気持ちと同じになったのは、この時からだったと思う。
恐怖と言い表せない気持ちでごちゃ混ぜになっている私を、母は幼稚園の施設員に引き渡した。
泣きじゃくる私に老齢の女性施設員は、容赦ないビンタを私の顔面に当てて、強く私の腕を引いた。
初めて家族以外の大人からの暴力を受けた。
ショックで何も言えなかった。
それからうんざりとするような時間を過ごす事になった。
思えば私は集団行動に向いていないタイプだったのだろう。
ここで自分が、周りが気付いていたら、私の人生は違う方向へ進んだかもしれない。
今になっても思うが、幼稚園という施設は、つまらなくて、くだらなくて、とても無意味な時間を過ごした日々だったと思う。
ある日の幼稚園でのこと。
私はトイレへ行きたいと施設員に伝えるも「我慢しなさい」と言われ我慢し、ついにはお漏らしをしてしまった。
「仕方ないわねえ。」
今でも忘れられない。
にやけた老齢の女性施設員の顔。
あれは絶対にわざとお漏らしをさせて、その愉悦に浸っていた顔だと思う。
私は女の子のタイツを履かされて、お漏らしとタイツ姿を施設員と通所者にバカにされ、ひどく心が傷ついたのを覚えている。
また別の記憶。
自由時間に施設員がいないのを見計らった女の子数人に、私は強引に押し倒され、床に転がされ、押さえつけられ無理矢理キスをされた。
私は女の子たちから暴行を受けたのだ。
汚されてしまった。
そう思った。
そして嘔吐した。
いつまでも私は泣いていたのを覚えている。
この体験で、私は中学生になるまで、女の子という生き物を、理解したくなくなったのを良く覚えている。
そんな幼稚園という地獄のような施設に通っている日々の中で、1人で家に帰る私は、再び桃色のゴム鞠を見た。
暑くなったり寒くなったりと、皆さん体調はいかがでしょうか?
私はハゲそうです。
2017.7.18 火曜日




