↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20XXの人間失格者  作者: 来栖総一郎
14/78

手帳1-5

祖父母(そふぼ)と伯母(おば)。冬(ふゆ)



冬(ふゆ)の寒(さむ)さで伯母(おば)が体調(たいちょう)を崩(くず)し、祖父(そふ)と私(わたし)はお見舞(みまい)いに行(い)った。


曇天(どんてん)の空(そら)、風(かぜ)は無(な)いが、大(おお)きな粒(つぶ)の雪(ゆき)が降(ふ)っていたのを覚(おぼ)えている。


祖父(そふ)は私(わたし)をソリに乗(の)せて、後(うし)ろ手(て)にソリの綱(つな)を持(も)ち引(ひ)いてくれていた。

祖父(そふ)の長靴(ながぐつ)がぎゅうぎゅうと雪(ゆき)を踏(ふ)み鳴(な)らす音(おと)、祖父(そふ)の大(おお)きな背中(せなか)、咥(くわ)えタバコの煙(けむり)と極寒(ごっかん)世界(せかい)の白(しろ)い吐息(といき)、私(わたし)にとって祖父(そふ)は、とても大(おお)きな存在(そんざい)だった。


祖父(そふ)は言葉(ことば)が訛(なま)っていて、私(わたし)は簡単(かんたん)な言葉(ことば)しか聞(き)き取(と)れなかったが、とても楽(たの)しそうなソリを引(ひ)く祖父(そふ)の顔(かお)を覚(おぼ)えている。


伯母(おば)の家(いえ)は祖父母(そふぼ)の家(いえ)から徒歩(とほ)で行(い)ける場所(ばしょ)にあった。

賃貸(ちんたい)のワンルームだったと思(おも)う。


マスクとカーディガン姿(すがた)の伯母(おば)が、本当(ほんとう)に調子(ちょうし)が悪(わる)そうな様子(ようす)で出迎(でむか)えてくれた。

お見舞(おみま)いの果物(くだもの)を渡(わた)すと、またすぐ祖父(そふ)と家(いえ)に戻(もど)る。


帰(かえ)りは祖父(そふ)もソリに乗(の)って、祖父(そふ)は私(わたし)を抱(だ)いて坂道(さかみち)を滑(すべ)り降(お)りたのを覚(おぼ)えている。

とても楽(たの)しかった。


だがそれだけなのだ。

私(わたし)の記憶(きおく)にある祖父(そふ)との楽(たの)しい思(おも)い出(で)、会話(かいわ)はそれだけなのだ。


私(わたし)は言葉(ことば)を知(し)らない子供(こども)だった。


豪雪(ごうせつ)の冬(ふゆ)が終(お)わり、春(はる)が始(はじ)まる前(まえ)の雨(あめ)が降(ふ)っていた。

伯母(おば)が祖父母(そふぼ)の家(いえ)に来(こ)なくなっていた。


私(わたし)は祖父(そふ)と一緒(いっしょ)に伯母(おば)のお見舞(みま)いに行(い)った道(みち)を覚(おぼ)えていた。

記憶(きおく)を頼(たよ)りに伯母(おば)の家(いえ)へと向(む)かった。


冷(つめ)たい雨(あめ)が降(ふ)っていた。


伯母(おば)の家(いえ)に到着(とうちゃく)して呼(よ)び鈴(りん)を鳴(な)らした。

反応(はんのう)は無(な)かった。

私(わたし)はドアポストを指(ゆび)で押(お)して、伯母(おば)の部屋(へや)の中(なか)を覗(のぞ)いてみた。

何(なに)も無(な)かった。


何(なに)も。


伯母(おば)の靴(くつ)、置物(おきもの)、家具(かぐ)、部屋(へや)を仕切(しき)るカーテンすらも無(な)く、奥(おく)の窓(まど)が見(み)えて、本当(ほんとう)に空(から)っぽで、何(なに)も無(な)かったのだ。


私(わたし)は泣(な)いた。


伯母(おば)がこの世界(せかい)から居(い)なくなってしまった。

その悲(かな)しみに耐(た)えられなくなって、ただただ泣(な)いていた。


雨(あめ)はとても冷(つめ)たかったのを覚(おぼ)えている。


伯母(おば)の家(いえ)の近所(きんじょ)の人(ひと)たちが通報(つうほう)したのだろうか、私(わたし)は警察(けいさつ)に保護(ほご)されて、祖父母(そふぼ)が迎(むか)えに来(き)てくれた。

祖父母(そふぼ)は私(わたし)が1人(ひとり)で伯母(おば)の家(いえ)に居(い)た事(こと)にとても驚(おどろ)いていたが、怯(おび)える私(わたし)に怒(おこ)る事(こと)もなく優(やさ)しく頭(あたま)を撫(な)でてくれた。



後(あと)で理解(りかい)したのだが、伯母(おば)は結婚(けっこん)したので部屋(へや)を引(ひ)き払(はら)い、旦那(だんな)の、つまり私(わたし)の義理(ぎり)の伯父(おじ)と一緒(いっしょ)に住(す)むために、義理(ぎり)の伯父(おじ)の家(いえ)へ引(ひ)っ越(こ)していたのだ。


この記憶(きおく)は世間(せけん)では正(ただ)しいものではない。

世間(せけん)では良(よ)いものではない。

そして私(わたし)は結果(けっか)として祖父母(そふぼ)と伯母(おば)と、私(わたし)は言葉(ことば)で心(こころ)を通(かよ)わせる事(こと)は出来(でき)なかった。

だがこれが唯一(ゆいいつ)の私(わたし)にとって祖父母(そふぼ)と伯母(おば)との幸(しあわ)せだった記憶(きおく)だ。


幸せとは何なのか。

2017.7.17 海の日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。