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20XXの人間失格者  作者: 来栖総一郎
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日記1-4

動物(どうぶつ)の区別(くべつ)

夜(よる)になった。

私(わたし)は夜空(よぞら)の月(つき)を見上(みあ)げて考(かんが)えていた。


この世界(せかい)には動物(どうぶつ)に区別(くべつ)がある。


野生(やせい)動物(どうぶつ)。


愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)。


そして、経済(けいざい)動物(どうぶつ)。



野生(やせい)動物(どうぶつ)は、人間(にんげん)が管理(かんり)していない、又(また)は管理(かんり)出来(でき)ない、人間(にんげん)に害(がい)を及(およ)ぼす可能性(かのうせい)がある動物(どうぶつ)である。


愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)は、人間(にんげん)に従順(じゅうじゅん)であり、人間(にんげん)が管理(かんり)出来(でき)る、そして人間(にんげん)に可愛(かわい)がられる動物(どうぶつ)である。


経済(けいざい)動物(どうぶつ)は、人間(にんげん)に従順(じゅうじゅん)になるように調教(ちょうきょう)され、畜産(ちくさん)物(ぶつ)を享受(きょうじゅ)させる動物(どうぶつ)である。

私(わたし)は高校(こうこう)で習(なら)った言葉(ことば)を思(おも)い出(だ)していた。


人間(にんげん)は知性(ちせい)を持(も)った動物(どうぶつ)である。


人間(にんげん)は動物(どうぶつ)である。


人(ひと)は動物(どうぶつ)なのだ。


ならば私(わたし)は何(なん)の区別(くべつ)に入(はい)る動物(どうぶつ)なのだろうか?

今(いま)の私(わたし)は母(はは)にとって、どうやら経済(けいざい)動物(どうぶつ)のようだ。

今(いま)の私(わたし)は父(ちち)にとって、同(おな)じく経済(けいざい)動物(どうぶつ)のようだ。


幼(おさな)い頃(ころ)の私(わたし)は、両親(りょしん)にとって何(なん)だったのだろう。

愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)なのか?

父(ちち)の暴力(ぼうりょく)は愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)への愛情(あいじょう)表現(ひょうげん)だったのか?

母(はは)の辛辣(しんらつ)な態度(たいど)は愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)への態度(たいど)として適切(てきせつ)だったのか?


私(わたし)はもう父(ちち)の言(い)う事(こと)は聞(き)かない。

昼(ひる)の件(けん)でわかった。

もう私(わたし)の方(ほう)が父(ちち)より強(つよ)い。

強(つよ)い者(もの)に弱(よわ)い者(もの)は、逆(さか)らう事(こと)は出来(でき)ない。


私(わたし)は母(はは)に600万円(まんえん)を没収(ぼっしゅう)された。

600万円(まんえん)あれば、月間(げっかん)5万円(まんえん)を家(いえ)に入金(にゅうきん)したと思(おも)っても、10年分(ねんぶん)になる。

それを散財(さんざい)して、両親(りょうしん)は更(さら)に私(わたし)からカネを毟(むし)ろうとするのか。


ぎりぎりと歯軋(はぎしり)りが鳴(な)った。


私(わたし)は両親(りょうしん)の経済(けいざい)動物(どうぶつ)ではない。


私(わたし)は両親(りょうしん)の愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)でもない。


今日(きょう)の事(こと)で私(わたし)は両親(りょうしん)にとって、野生(やせい)動物(どうぶつ)になったのだ。

この家(いえ)にはもう、私(わたし)の居場所(いばしょ)は無(な)い。



求職(きゅうしょく)情報誌(じょうほうし)と書(か)き上(あ)げた履歴書(りれきしょ)が、目(め)に映(うつ)る。

私(わたし)は何(なん)のために稼(かせ)ぐのだろうか。

私(わたし)は何(なん)のために働(はたら)くのだろうか。


私(わたし)は何(なん)のために生(い)きるのだろうか。


疑問(ぎもん)ばかりが頭(あたま)に浮(う)いてくる。

やはり私(わたし)は父(ちち)の言(い)う通(とお)り死(し)ぬべきだろうか。

だが父(ちち)の言葉(ことば)も、私(わたし)が強(つよ)さで上位(じょうい)になったことで、意味(いみ)を上書(うわが)きされた。


私(わたし)は私(わたし)のために生(い)きよう。


そう考(かんが)えた。

私(わたし)は経済(けいざい)動物(どうぶつ)ではない。

私(わたし)は愛玩(あいがん)動物(どうぶつ)ではない。


私(わたし)は野生(やせい)動物(どうぶつ)なのだから、自分(じぶん)のために、生(い)きるためにお金(かね)を稼(かせ)いで、自分(じぶん)のために生(い)きて行(い)こうと思(おも)った。

求職(きゅうしょく)情報誌(じょうほうし)を見(み)て、自分(じぶん)が出来(でき)そうな仕事(しごと)を絞(しぼ)る。


履歴書(りれきしょ)は何枚(なんまい)も書(か)いたが証明(しょうめい)写真(しゃしん)は6枚(まい)しかない。

写真(しゃしん)を撮(と)るお金(かね)がない。

面接(めんせつ)へ行(い)くためのガソリンも、車(くるま)のタンクに残(のこ)っているものしかない。


ギリギリだ。

就職(しゅうしょく)の狙(ねら)いを外(はず)せば野垂(のた)れ死(じ)にだ。

慎重(しんちょう)に選(えら)ばなくては。


眠(ねむ)い。

疲(つか)れた。

昼間(ひるま)の事(こと)で父(ちち)は刃物(はもの)で、私(わたし)のはらわたを引(ひ)きずり出(だ)しに来(く)るかもしれない。

眠(ねむ)ったら抵抗(ていこう)出来(でき)ないだろう。


母(はは)は今日(きょう)の事(こと)で食(く)い物(もの)に、毒(どく)を入(い)れるかもしれない。


私(わたし)はこの家(いえ)から早(はや)く、1日(にち)でも、1秒(びょう)でも早(はや)く出(で)なくては、私(わたし)の命(いのち)が危(あぶ)ない。

恐怖(きょうふ)、諦(あきら)め、疲労(ひろう)、ごちゃまぜだ。


ああ、眠(ねむ)い。

書いてて心が折れそう。2017.7.11

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