第3話 理想の専業主婦生活
都内のマンションで始まった新婚生活は、夢のようだった。
生活費には困らず、家事は私が担当。直人さんも休日には料理をしてくれる。
「美咲、家のことは任せたよ」
「うん!」
「無理はしなくていいからね」
「ありがとう!」
私は感動した。
なんて優しい夫なのだろう。
朝はゆっくり起きて、洗濯や買い物を済ませる。夕方には夕食を用意して、帰宅した直人さんを迎える。
私には、ひとつ決めていることがあった。
家事は、できるだけ午前中に終わらせる。
午後は自由時間にしたいし、夕方になってから慌てて夕食の準備をするのも避けたい。
そのために、家事はできるだけ手間をかけずに済ませることにした。
買い物は数日分をまとめて済ませ、よく使う食材は定番を決めておく。掃除道具も使う場所ごとに置いて、必要なときにすぐ手に取れるようにした。
夕食も、手間のかからない定番メニューをいくつか決めておく。これなら毎日献立に悩まなくて済む。
最初に少し工夫しておけば、毎日の面倒が減る。
おかげで、家事は午前中にほとんど終わるようになった。
午後は好きなことをして過ごせる。直人さんの帰宅を待ちながら本を読んだり、録画したドラマを見たりするのが日課になった。
直人さんが早く帰ってきた日は、一緒にお茶を飲むこともある。
「今日も家事は終わったの?」
「うん。午前中に済ませたよ」
「すごいね。いつもありがとう」
「私が楽をしたいだけだよ」
「それでも、助かっているよ」
直人さんとこうしてお茶を飲む時間が、私のお気に入りだった。
直人さんの好物も、少しずつ覚えていった。
カレーにオムライス。それから、休日に一緒に作った煮込みハンバーグも気に入っていた。
特別なことをしているつもりはない。
ただ、好きなものをおいしそうに食べてくれる顔を見るのは、私も嬉しかった。
ある日、直人さんがいつもより遅く帰ってきた。
「ただいま。ごめん、遅くなって」
「おかえり。お仕事お疲れさま」
直人さんは少し疲れた顔をしていた。
「夕飯、すぐ用意するね」
テーブルに並べたのは、直人さんの好きな煮込みハンバーグだった。
「僕の好きなやつだ」
「うん。この前、おいしいって言ってたから」
直人さんは嬉しそうに笑った。
「覚えていてくれたんだ。ありがとう」
「どういたしまして。また作るね」
直人さんは満足そうに頷いた。
やっぱり、好きな人と一緒に暮らすのはいい。
こういう時間を守るためなら、料理くらい頑張れる。
休日には、二人で出かけることも多かった。
直人さんは私の行きたい場所をよく覚えていて、気になるお店を見つけると、次のデートの候補にしてくれた。
私も、直人さんが行きたがっていた店を調べておく。
お互いに行きたい場所を出し合って、混雑する時間を避けて予定を組む。せっかくの休日を待ち時間で潰すのはもったいないからだ。
おかげで、人気のお店でもほとんど並ばずに入れる。行列に並ぶ時間があれば、もう一軒お店を回れる。私はこの計画の立て方を、かなり気に入っていた。
「美咲は、こういう計画を立てるのが上手だね」
「そう? せっかく出かけるなら、効率よく楽しみたいだけだよ」
「おかげで、いつも楽しいよ」
そう言われると、少し誇らしい気持ちになる。
ある休日、私が夕食の支度をしていると、直人さんがキッチンをのぞき込んだ。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫。もうすぐできるよ」
「じゃあ、テーブルを準備するね」
そう言って食器を並べた直人さんは、私が少し疲れていることに気づいたらしい。
「今日は頑張りすぎなくていいよ。明日は外で食べようか」
「いいの?」
「もちろん。美咲と一緒に食べられれば、何でもおいしいから」
直人さんは、私と結婚できてよかったと何度も言ってくれる。
結婚してよかった。婚活を頑張って、本当によかった。
この人となら、穏やかで幸せな専業主婦生活を送れる。
そんなある日の夕食後、直人さんが少し真面目な顔で話し始めた。
「実は、起業の準備を少しずつ進めようと思っているんだ」
「あ、前に言っていた夢?」
「うん。まだ具体的に決まったわけじゃないけど、アイデアをまとめたり、必要な資金を調べたりしているところ。仕事の後にも、少しずつ進めているんだ」
「大変そうだね」
「でも、考えている時間が楽しくてね」
「そうなんだ。頑張ってね」
「ありがとう。仕事を続けながらだから、時間はかかると思うけどね」
直人さんは楽しそうだった。
私は、彼の夢を応援したいと思っている。
ただ、起業がどれほど大変なのかは、相変わらずよく分かっていない。
「何か手伝えることがあったら言ってね」
「うん。そのときはお願いするよ」
私は軽く答えた。
まさか、その言葉を本当に頼りにされる日が来るとは思っていなかった。
今の私にとって大切なのは、直人さんが安心して仕事に取り組めること。そして、二人で過ごす穏やかな時間を守ることだった。
家事は午前中に終わらせる。
午後は自由に過ごす。
直人さんが帰ってきたら、一緒に夕食を食べる。
毎日がこの繰り返しでも、少しも飽きない。
専業主婦って、なんて素晴らしいのだろう。
私は、この幸せな生活がずっと続くものだと思っていた。
もちろん、仕事とは無縁のままで。




