第2話 理想の夫を見つけました
結婚相談所に入会して一か月。
私は三人の男性とお見合いした。
一人目は、年収一千万円の四十二歳。
申し分ない条件だったが、結婚後は母親と同居したいと言われたので、お断りした。
二人目は、年収九百万円の三十五歳。
共働き希望だったので、お断りした。
三人目は、年収七百万円の三十三歳。
休日は朝六時に起きて、夫婦でランニングしたいと言われたので、お断りした。
休日も当たり前に好きなだけ寝ていたい。
私は妥協しない女なのだ。
相談所の担当者は、面談のたびに笑顔を引きつらせていた。
「田中さん、男性側にも専業主婦を希望する方はいます。ただ、年収や年齢、その他の条件をすべて満たす方となると、かなり限られてしまいます」
「そうなんですか?」
「はい。お相手にも希望がありますから。たとえば、年収の高い方ほど、お仕事への理解や共働きへの協力を求める場合もあります」
「でも、私だって条件を満たしていると思います」
「もちろん、田中さんにも魅力はありますよ。家事もできますし、結婚後の生活についても具体的に考えていらっしゃいますから。ただ、婚活ではお互いの希望が合うことが大切です。ちなみに、田中さんはご自身の長所をどのようにお考えですか?」
「家庭的なところです!」
「具体的には?」
「料理と洗濯と掃除ができます!」
「ほかには?」
「……家計のやりくりとか?」
「なるほど。お仕事で身につけたスキルや、得意なことなどはいかがでしょう?」
「特にありません。仕事は、決められたことを普通にやっているだけです」
担当者は、何か言いたそうに口を開きかけたが、すぐに笑顔に戻った。
「そうですか。では、家庭的なところを中心にアピールしていきましょう」
「アピールが上手くいけば、理想の人と結婚できますか?」
担当者は数秒、黙った。
「……では、次の方をご紹介しますね」
紹介されたのは、三十四歳。大手企業勤務で年収は一千二百万円。
写真には、清潔感のある服装で柔らかく笑う男性が写っていた。趣味は旅行と料理。
しかも、プロフィールにはこう書かれていた。
『家庭を大切にしたいと考えています。パートナーには無理をさせず、穏やかな生活を送りたいです』
これだ。
これこそ、私が探し求めていた男性だ。
私はすぐにお見合いを申し込んだ。
◇
お見合い当日、私は少し浮かれていた。
「初めまして。佐伯直人と申します」
「初めまして、田中美咲です」
名前を名乗り終えると、私は先手必勝とばかりに質問を繰り出した。
「佐伯さんは、休日はどんなふうに過ごされるんですか?」
「家で料理をしたり、旅行に出かけたりですね。田中さんは?」
「私は家でのんびりするのが好きです」
「いいですね。僕も家で過ごす時間は大切にしたいです」
話しやすい。
しかも、こちらの話をきちんと聞いてくれる。
これは期待できるかもしれない。
「田中さんは、どんな生活が理想ですか?」
「ええと……夫婦で仲良く、穏やかに暮らしたいです」
「いいですね。僕もそう思います」
佐伯さんは、にこやかに頷いた。
「僕は仕事が好きなんですが、家に帰ったら仕事のことを忘れて、ゆっくり過ごしたいんです」
「わかります!」
私は思わず身を乗り出した。
「私も、家ではのんびり過ごしたいんです。おいしいものを食べたり、好きなときに旅行したり」
「素敵ですね」
私は意を決して、一番大切な条件を口にした。
「私、結婚したら専業主婦になりたいんです」
「そうなんですね」
「家事は私が担当します。その代わり、生活費はお願いしたいんです。共働きは希望していません」
普通なら、ここで相手の表情が曇る。
しかし佐伯さんは、少し考えてから穏やかに答えた。
「僕は、家庭のことを大切にしたいと思っています。無理に働いてもらう必要はありません。お互いが心地よく暮らせる形にしたいですね」
……神様?
いや、まだ早い。
「私、仕事があまり好きではなくて。できればずっと家にいたいんです」
「それなら、そうできるように頑張ります」
その言葉に、私は心の中でガッツポーズをした。
「ぜひ、結婚を前提にお付き合いしましょう」
佐伯さんはニコニコしながら、そう言った。
えっ。
早くない?
いや、でも、これが運命というものなのかもしれない。
「お願いします」
◇
私は帰宅後、友人に電話した。
「聞いて! 理想の人が見つかった!」
「……本当に?」
「うん! 年収一千二百万円! 優しい! 私を働かせないって!」
「そんなこと、一言も言ってなくない?」
「言葉にしなくても伝わるのよ!」
「美咲、あんた本当に大丈夫?」
大丈夫だ。
私はようやく、幸せへの切符を手に入れたのだから。
◇
交際が始まってからも、佐伯さんはいつも優しかった。
デートの行き先は一緒に考えてくれたし、私が疲れているときは無理に出かけようとしなかった。
ある日、私が行きたいと言っていたカフェを覚えていて、次のデートで連れていってくれたこともある。
何より、専業主婦になりたいという私の希望を、嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。
交際が始まってから少し経って、私たちはお互いを名前で呼ぶようになった。
ある日のデートで、私は将来について尋ねた。
「直人さんは、今の会社でずっと働きたいんですか?」
「今の仕事には満足していますよ。でも、自分で事業を立ち上げてみたい気持ちもあります」
「起業ですか?」
「ええ。自分の考えたことを形にできたら、面白そうだなと思って」
「素敵ですね」
私はそう答えた。
正直なところ、起業がどれほど大変なのかも、会社を経営するとはどういうことなのかも、よく分かっていなかった。
ただ、直人さんが仕事に前向きなのは伝わってきた。
直人さんには、いつか自分の事業を持つという夢がある。
私には、仕事とは縁のない生活を送るという夢がある。
目指すものは違うけれど、きっと仲良くやっていけるだろう。
現に、私たちは半年後に結婚した。
直人さんは、私の理想の結婚相手だった。
こうして私は、念願の専業主婦になった。




