第1話 働きたくないので婚活します
「働きたくない」
それが、私の人生における最大の願いだ。
私は田中美咲。二十九歳。独身。彼氏なし。
顔は中の中。体型はややぽちゃ。料理はレシピがあれば作れるし、掃除も洗濯も一通りできる。
結婚相談所のプロフィールには、こう書けるだろう。
『家庭的で、穏やかな性格です』
嘘ではない。
家庭的なのは家にいるのが好きだからで、穏やかなのは面倒ごとが嫌いだからだ。
私の夢は、専業主婦になること。
朝は目覚まし時計に起こされず、好きなだけ眠る。昼は友人とランチを楽しみ、午後は美容院やショッピング。夕方には夫のために夕食を作り、帰宅した夫を笑顔で迎える。
夫は私を愛していて、生活費は十分に渡してくれる。
私は家を守り、夫は外で働く。
なんて素晴らしい役割分担だろう。
もちろん、これは単なる夢ではない。実現するための計画もある。
まずは結婚相手を探すこと。
そこで私は、友人とのランチ中に宣言した。
「私、結婚相談所に入会する!」
「……急にどうしたの?」
「人生を変えるの」
「転職じゃなくて?」
「働きたくないから婚活するの」
友人は飲みかけのコーヒーを置いた。
「相手に求める条件は?」
「年収八百万円以上。正社員。優しくて清潔感があって、ギャンブルも浮気もしない人」
「年齢は?」
「三十歳から四十歳くらい」
「身長は?」
「できれば百七十五センチ以上」
「顔は?」
「普通でいいよ。清潔感があれば」
「家事は?」
「私がやる!」
「子どもは?」
「今のところ考えてない」
友人は一つずつ指を折り、最後に私を見た。
「……あんたは?」
「愛嬌がある!」
「ほかには?」
「家事ができる!」
「仕事は?」
「結婚したら辞める!」
「貯金は?」
「二百万円!」
「資格は?」
「普通自動車免許!」
「特技は?」
「寝ること!」
友人は額に手を当てた。
「それ、履歴書だったら落ちてるよ」
「婚活は就活じゃないもん」
「でも、相手にも選ぶ権利があるんだよ?」
「もちろん。だから私も選ぶんだよ」
「年収八百万円の男性が、専業主婦希望の二十九歳を選ぶと思う?」
「思う!」
「……もう少し現実を見たほうがいいんじゃない?」
「そうだね。だから結婚相談所に入るんだよ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「大丈夫。プロの人に任せれば何とかなるよ!」
友人は深いため息をついた。
私はスマートフォンを取り出し、結婚相談所の入会ページを開いた。
登録画面には、希望条件を入力する欄が並んでいる。
年齢、年収、学歴、職業、身長、居住地。
その下に、こんな項目があった。
『お相手に求める結婚後の生活』
選択肢は三つ。
共働き希望。専業主婦希望。どちらでもよい。
迷う必要はない。
私は迷わず、専業主婦希望を選択した。
さらに自由記入欄に、こう入力する。
『結婚後は家庭に入り、夫を支えたいと考えています』
うん。完璧だ。
働きたくないという本音を、上品な言葉に変換できた。
「ねえ、本当にそんな条件で結婚できると思ってる?」
友人が呆れたように尋ねる。
「できるよ」
「どうしてそんなに自信があるの?」
「だって、私と結婚したら幸せになれるもん」
「……その根拠は?」
「私が幸せに暮らせるから!」
友人は何も言わず、コーヒーを飲んだ。
私は友人の忠告を聞き流し、スマートフォンを操作して、入会手続きを進める。
必要書類の一覧が表示された。
独身証明書、収入証明書、プロフィール写真。
思ったより本格的だ。
でも、ここで怯んではいけない。
私の人生がかかっているのだから。
好きでもない仕事を続ける人生なんて、もううんざりだ。
毎朝決まった時間に起きて、満員電車に揺られ、上司に頭を下げ、疲れ果てて帰宅する。
そんな生活をあと何十年も続けるくらいなら、婚活くらいやってやる。
私はスマートフォンを握りしめた。
待っていてね、未来の旦那様。
料理も洗濯も掃除も頑張ります。
誕生日にはケーキを焼くし、記念日にはちょっと豪華な夕食を用意します。
あなたが疲れて帰ってきたら、笑顔でお迎えします。
だから、お願い。
私を一生働かせないでください。
……できれば、家事もたまには手伝ってください。
これは贅沢ではない。
お互いが幸せになるための、合理的な結婚なのだ。
私はそう信じて疑わなかった。
その週、私は必要書類を揃え、プロフィール写真を撮影し、結婚相談所にオンラインで提出して入会手続きを済ませた。
次の日、結婚相談所から、入会手続きについてのメールが届いた。
添付されていた注意事項に目を通し、メール本文に目を移した。
『ご希望条件に合う男性をご紹介できるよう、担当者がサポートいたします』
そこまでは普通の案内だった。
しかし、その下に続く一文を見て、私は目を見開いた。
『つきましては、早速ご紹介したいお相手がいます』
私は思わず笑みを浮かべた。
ついに来た。
私の理想の結婚生活への第一歩が!




