第十九章 静かな灯り
舞踏会は閉会の挨拶を終え、会場は二次会めいた賑わいに包まれていた。
生徒たちは思い思いに談笑し、先ほどまでの緊張をほどいたように笑い合っている。
レオニードはもう一度、会場を見渡した。
「殿下、先ほどのダンス、本当に素敵でした。」
「お疲れ様でございました。」
「またぜひ、お相手をお願いいたします。」
数名の令嬢が、笑顔で近づいてくる。
レオニードはいつものように穏やかな微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。」
返したのは、それだけだった。
本来なら自然に続くはずの社交辞令が、今日はどうにも口に乗らない。
令嬢たちが去ると、様子を見ていたヴィンセントが静かに歩み寄ってきた。
「殿下。」
「ヴィンセント。」
「少しお休みになられますか。」
レオニードは小さく息を吐いた。
「……いいえ。」
首を横に振る。
「少し課題を進めてまいります。」
ヴィンセントは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに頷いた。
「かしこまりました。こちらは私にお任せください。」
「ええ、お願いします。」
レオニードは会場を後にした。
◇◇◇
扉が閉まると、華やかな音楽は遠くにかすかに残り、廊下の静けさが一気に際立った。
ひんやりとした空気の中で、ようやく胸いっぱいに息を吸う。
「……。」
肩の力が抜けた。
会場では、知らず知らず張り詰めていたらしい。
王子として笑い続けることは、幼い頃から当たり前だった。だが今日は、それがいつもより少し長く感じた。
理由は分からない。
考えても答えは出ない。
レオニードはそのまま北棟へ向かった。
渡り廊下には人影もなく、足音だけが薄暗い空間に静かに落ちる。
やがて古い階段を上り、資料室へ続く廊下に足を踏み入れた、その時だった。
扉の隙間から、柔らかな灯りが漏れている。
レオニードは思わず足を止めた。
「……。」
胸の奥が、ふっと軽くなる。
張り詰めていた何かが、ゆっくりほどけていくようだった。
自分でも、その理由は分からない。
そっと扉へ近づく。
ノックを一つ。
返事はない。
静かに扉を開いた。
そこには、いつもの席があった。
机の上には数冊の本と小さなランプ。
そして、落ち着いたオレンジ色のドレスのまま、本へ視線を落としているエレノアの姿。
昼間とは違い、髪飾りだけが外されている。
ページをめくる音だけが、部屋に落ちていた。
扉が開く気配に気づき、エレノアは顔を上げた。
丸い眼鏡の奥の栗色の瞳が、レオニードを映す。
「……殿下。」
小さく目を瞬かせる。
「今日は、いらっしゃらないものだと思っていました。」
そう言って微笑んだあと、不意にその表情がわずかに変わった。
レオニードの顔を、じっと見つめる。
言葉はない。
数秒。
ただ、穏やかな沈黙だけが流れる。
そして。
「……疲れていらっしゃいますか?」
その問いは、とても自然だった。
王子としてではなく、目の前にいる一人の人間を見て、思わずこぼれた言葉だった。
本日も19時前には二十章を投稿予定です。




