第十七章 それぞれの舞踏会
資料室へ通う日々は、いつしか当たり前になっていた。
レオニードは国王教育の課題を持ち込み、エレノアへ意見を求める。
エレノアは本を閉じ、自分なりの考えを静かに話す。
一つの問いが終われば、また次の問いへ。
気づけば二人は、互いの考えを交わす時間を自然に受け入れるようになっていた。
「ありがとうございました。」
その日の課題も終わり、エレノアは本を閉じる。
レオニードも羊皮紙をまとめながら、小さく息を吐いた。
「そういえば。」
ふと思い出したように口を開く。
「明日は学園舞踏会ですね。」
その言葉を聞いた瞬間だった。
エレノアの指先が、本の表紙の上でわずかに止まる。
「授業の一環ですので、参加はいたします。」
少し間を置いて続ける。
「ですが……私は、おそらく誰とも踊らないと思います。」
その言い方は、断るというより、あらかじめ結論を置いてしまったようだった。
資料室へ静けさが戻る。
レオニードは少しだけ首を傾げた。
「踊ることがお苦手なのですか。」
「いいえ。」
エレノアは小さく首を横へ振る。
その否定は即座だったが、声はどこか慎重だった。
「身体を動かすことは好きです。」
そう答えたあと、彼女は言葉を切る。
次の一言を探すように唇がわずかに開きかけ、それから閉じられた。
視線はレオニードではなく、机の上の羊皮紙の端へ向けられている。
「……なんでもありません。」
小さく微笑み、話を終わらせる。
だがその笑みも、目元までは届いていない。
レオニードはそこでようやく、彼女が踊りそのものを嫌っているのではないのだと気づいた。
苦手なのでも、拒んでいるのでもない。
舞踏会は、ただ音楽に合わせて踊る場ではない。
誰が誰と踊るのか、誰が誰に声をかけるのか、誰がどこで見られているのか。
エレノアは、その視線の中心に立つことを望んでいないのだろう。
だから先に「誰とも踊らない」と言ったのだ。
レオニードはその沈黙の意味を、ようやく少しだけ理解した。
それでも、どこかそれだけではない気がした。
「……私も。」
思わず、レオニードの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「舞踏会が、それほど楽しみなわけではありません。」
「殿下も、ですか?」
「ええ。」
レオニードは羊皮紙を整えながら答える。王子として、毎年、同じように笑う。
王子の舞踏会は、自由に楽しむためのものではない。
「王子として参加しなければならないだけですから。」
そう言って、小さく息を吐く。
王子として笑い続け、令嬢たちと踊り続けるだけの夜。
毎年変わらない行事だ。
小さく息を吐き、再び机へ向き直る。
羊皮紙を開く。
羽根ペンを持つ。
明日が舞踏会であろうと、国王教育の課題は待ってはくれない。
レオニードは静かに残りの課題へ向き合った。
本日も19時前にはもう1話更新予定です。




