第十四章 帰り道
「それでは、失礼いたします。」
エレノアは小さく頭を下げ、資料室を後にした。
扉を閉めると、古い廊下はすぐに静まり返る。窓の外はすでに夜で、昼間の熱気はすっかり消えていた。木の床を踏むたび、かすかな軋みが足元に響く。
階段を下り、北棟を抜け、人通りのない渡り廊下を進む。
その途中で、エレノアはふと足を止めた。
「……楽しかった。」
誰に聞かせるでもない、小さな呟きだった。
資料室。図書館では見たことのない専門書。静かな空間。誰にも邪魔されず、本に向き合えた時間。
胸の奥に、じんわりと温かいものが残っている。
少し遅くなってしまったというのに、足取りは驚くほど軽かった。
学園の門を抜けると、街灯の下に見慣れた姿があった。
「……ルーカス様。」
ルーカスは腕を組んだまま、エレノアを見やる。
「今、何時だと思ってる。」
呆れたような声だった。
「……申し訳ありません。」
素直に頭を下げると、ルーカスは小さく息を吐いた。
だが、その表情はどこか柔らかい。
「まったく。」
そう言って、エレノアの肩に掛かっていた鞄を軽く持ち上げる。
「ほら、帰るぞ。」
「……ありがとうございます。」
二人は並んで歩き出した。
夜風が木々を揺らし、街灯の明かりが石畳に淡い影を落とす。ルーカスは何も聞かず、エレノアも何も話さなかった。
けれど、その沈黙は不思議と心地よかった。
◇◇◇
その頃。
レオニードは生徒会室を出て、ヴィンセントと共に王城へ戻る馬車へ向かっていた。
「本日は、ずいぶんご機嫌のようですね。」
ヴィンセントが穏やかに言う。
レオニードは小さく頷いた。
「ああ。」
自然と口元が緩む。
思っていた以上に、充実した時間だった。資料も読み進められた。
馬車に乗り込み、扉が閉まる。車輪が静かに動き出すと、窓の外には夜の王都がゆるやかに流れていった。
自然と、資料室で本を読む栗色の髪が思い浮かぶ。
『……怒られる、かもしれません。』
「……。」
思わず窓の外へ目を向ける。
街灯の下、小さな人影が二つ並んで歩いていた。栗色の髪の少女と、その隣を歩く年上らしい青年。
迎えに来てもらっていたのか、とレオニードは思った。
小さく安堵する。
これなら、一人で夜道を歩く心配はない。
怒られないといい。
そんなことを考えている自分に気づき、レオニードはわずかに口元を緩めた。
その笑みを見たヴィンセントは不思議そうに首を傾げたが、何も尋ねなかった。
馬車は静かに夜の王都を進んでいく。
今日という一日は、確かに少しだけ特別だった。




