第7話 ポンコツ発明家の名前は?――名前を公開するの巻き
「ところで……」
焚き火を囲みながら、ハルはずっと気になっていたことを聞いた。
「発明家さん」
「ん?」
「まだ名前を聞いてないんだけど」
「……」
発明家の動きが止まった。
キャサリンも顔を上げる。
クロも耳を動かした。
「そういえばそうね」
「え?」
「あなた、名前を名乗ってなかったじゃない」
「……そうだった?」
「忘れてたの!?」
ハルが思わず突っ込む。
発明家は腕を組み、真剣な顔で考え始めた。
「僕の名前……」
「うん」
「名前……」
「うん」
「……なんだっけ?」
「自分の名前を忘れたの!?」
キャサリンが頭を抱えた。
「あなた、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ!」
「どこがよ!」
しばらく考えたあと、発明家は突然立ち上がった。
「思い出した!」
「おお!」
「僕の名前は――」
彼は胸を張った。
「ミルフィーユ!」
「…………」
森が静まり返った。
ハルは瞬きをする。
「……ミルフィーユ?」
「そう!」
「ミルフィーユ……」
「僕の名前!」
クロを見る。
クロもハルを見る。
そして――
「フッ」
「え?」
「クロ、今笑った?」
「グルッ」
明らかに笑っている。
「お前、笑っただろ!」
クロはそっぽを向いた。
肩が小刻みに震えている。
「ちょっと! 僕の名前がそんなにおかしい!?」
「いや……だって……」
ハルは笑いをこらえる。
「女の子みたいな名前だから……」
「女の子じゃない!」
ミルフィーユは胸を張る。
「立派な男だ!」
その瞬間、キャサリンが口を挟んだ。
「でも可愛い名前じゃない」
「キャサリンは黙って!」
「どうしてよ!」
「その名前で呼ばれると、なんか負けた気がする!」
「名前に負けるって何よ!」
ハルはとうとう笑ってしまった。
「ミルフィーユさん……」
「やめて!」
「ミルフィーユ……」
「やめてってば!」
「ミルちゃん?」
「それはもっと嫌!」
クロが、
「グルル……」
と鳴いた。
どうやら完全に楽しんでいる。
「クロまで!」
ミルフィーユは頭を抱えた。
しかし、その直後。
ハルの鼻が動いた。
「……?」
笑っていたハルの表情が変わる。
「どうしたの?」
ミルフィーユが尋ねる。
「……香りがする」
キャサリンが立ち上がる。
「どんな香り?」
ハルは目を閉じた。
甘い。
けれど、花ではない。
焼き菓子のような香り。
そして、その奥に――
「……懐かしい匂い」
ミルフィーユの顔から笑顔が消えた。
「その匂い……」
「知ってるの?」
ミルフィーユは自分の発明品を見つめた。
「僕の故郷で、昔食べていたお菓子の匂いに似てる」
ハルは驚いた。
「でも、この辺にはそんなものないよね?」
「ない」
ミルフィーユは首を振った。
「僕の故郷は、もうずっと前に……」
そこまで言って、黙り込む。
ハルは何も聞かなかった。
ただ、鼻を頼りに森の奥を見る。
「この匂い……どこかに残ってる」
キャサリンが静かに言った。
「ハル」
「はい」
「あなたの鼻が、また何かを見つけたのね」
ハルは頷いた。
「行こう」
クロが立ち上がる。
ミルフィーユも慌てて発明道具を背負った。
「待って!」
「どうしたの?」
「僕も行く!」
「もちろん」
ハルは笑った。
「よろしく、ミルフィーユ」
「……うん」
ミルフィーユは少し照れながら笑った。
こうして――
鼻の勇者ハル。
角狼クロ。
オネエの謎の師匠キャサリン。
そして――
女の子みたいな名前のポンコツ発明家、ミルフィーユ。
四人の旅が始まった。
だが彼らはまだ知らない。
ミルフィーユの名前に隠された秘密と――
彼がなぜ「香り」を研究する発明家になったのかを。




