第2話 角狼との約束
「これを使えば……治るはず」
ハルは青い草を手に握った。
角狼は少し離れた場所から、じっとハルを見ている。
「怖いよな。でも、怪我を治したいだけだから」
ハルはゆっくり近づいた。
角狼は唸る。
「分かった。無理には近づかない」
ハルはその場に座り、草を石ですり潰した。
独特な青臭い匂いが広がる。
「やっぱりこれだ」
鼻を近づけると、さっき感じた毒の匂いが少しずつ弱くなっている。
「この草、毒を抑える力があるんだ」
ハルは傷口の近くに薬草を置いた。
角狼がびくっと身体を震わせる。
「大丈夫、大丈夫」
しばらくすると、角狼の唸り声が弱くなった。
ハルはそのまま待った。
そして――
角狼が、ゆっくりハルの手に鼻を近づけた。
「……!」
ハルは動かなかった。
くん、くん。
角狼がハルの匂いを嗅いでいる。
「俺のこと、少し信用してくれた?」
角狼は答える代わりに、ハルの手を鼻先で軽く押した。
「はは……」
思わず笑ってしまう。
「じゃあ、友達ってことでいいか?」
角狼は首を傾げた。
「……分からないよな」
ハルは少し考えた。
「そうだ。名前が必要だ」
角狼を見る。
黒に近い毛。 額の小さな角。 そして、森の中を自由に駆け回る姿。
「……クロ」
角狼が顔を上げた。
「どう?」
「グルッ」
「気に入った?」
角狼はハルの周りを一周すると、その場に座った。
「じゃあ決まりだな」
ハルは笑った。
「今日からお前はクロだ」
その瞬間。
クロの尻尾が、ゆっくり揺れた。
「お前……尻尾振るんだな」
ハルが手を伸ばす。
クロは少し迷ったあと、ハルの手に頭を押しつけた。
「……友達だな」
森の中で、少年と角狼は初めて笑い合った。
だが――
そのとき、ハルの鼻が何かを感じ取った。
「……ん?」
空気に混じった、わずかな匂い。
獣の匂いではない。
血でもない。
もっと嫌な匂いだった。
「クロ」
クロも同時に立ち上がった。
「分かるのか?」
クロが森の奥を睨む。
「……何かいるんだな」
ハルは立ち上がった。
「よし。行ってみよう」
クロが先を歩く。
ハルはその後を追った。
まだハルは知らない。
森の奥で待っているものが、この世界で初めての大きな危険になることを。
そして――
クロとの出会いが、ハルの人生を大きく変えることになるとは。




