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第18話 紫水晶の瞳――遠くから見ていた者

町の夜。

戦いが終わった広場には、まだ黒い花びらが残っていた。

ハルは一枚を拾い上げる。

「……香りがない」

花びらなのに、何も感じない。

本来なら、かすかでも植物の匂いがするはずなのに。

「妙ね」

キャサリンも花びらを見つめていた。

「何かが、この世界から香りだけを抜き取っている」

「誰がそんなことを……」

リリアが呟く。

そのとき――

クロが突然、振り返った。

「グル……」

「クロ?」

クロの視線は、町の外。

森の向こうに向いている。

「何かいるの?」

ハルが鼻を動かす。

しかし――

何も感じない。

「……匂いがしない」

キャサリンが眉をひそめる。

「何も?」

「うん」

それが逆に不気味だった。

ハルたちから少し離れた森の木々。

月明かりの下に――

誰かが立っていた。

少年にも見える。

少女にも見える。

年齢すら分からない。

ただ、長い髪が夜風に揺れている。

顔立ちは驚くほど整っていた。

そして、その瞳は――

紫水晶のような紫色。

その人物は、遠くからハルたちを眺めていた。

「……」

何も言わない。

ただ、微笑んでいる。

優しいようにも見える。

楽しんでいるようにも見える。

それとも――

何かを知っている者の笑みなのか。

ハルは目を凝らした。

「誰だ……?」

一歩前へ出る。

すると、その人物も一歩下がった。

「待って!」

ハルが叫ぶ。

人物は止まった。

紫水晶の瞳が、ハルを見る。

ほんの一瞬。

その視線が交わった。

ハルの鼻が反応する。

「……!」

初めてだった。

香りがない。

なのに――

何かを感じる。

「この人……」

ハルが呟く。

「何?」

キャサリンが聞く。

「分からない」

ハルは困惑する。

「匂いがないのに……」

その人物が、ほんの少し笑った。

まるで、

「やっと見つけた」

とでも言うように。

「おい!」

ハルが走り出す。

「待って!」

クロも駆け出す。

「グルッ!」

しかし――

次の瞬間。

人物の姿が消えた。

「……え?」

ハルは森の中へ入る。

誰もいない。

足跡もない。

匂いもない。

「消えた……」

クロが地面を嗅ぐ。

「グル……」

首を振る。

「クロでも分からない?」

「グル」

キャサリンが森を見つめる。

「厄介ね」

「敵ですか?」

リリアが尋ねる。

「分からないわ」

「味方?」

「それも分からない」

ミルフィーユが恐る恐る言う。

「じゃあ……何者?」

キャサリンは答えなかった。

ただ、森の奥を見つめている。

「少なくとも――」

キャサリンが静かに言った。

「私たちを知っている可能性が高いわ」

「俺たちを?」

「ええ」

ハルは拳を握る。

「また会うかな」

キャサリンは微笑む。

「きっとね」

その頃。

森のさらに奥。

月明かりすら届かない場所。

先ほどの人物が立っていた。

紫水晶の瞳が、再び輝く。

「……鼻の勇者」

小さな声。

少年のようにも、少女のようにも聞こえる。

「ようやく……降りてきた」

その口元に、また微笑みが浮かぶ。

「さて……」

その人物は空を見上げた。

「あなたは、この世界の香りを取り戻せるのかな?」

そして――

闇の中へ溶けるように消えた。

敵なのか。

味方なのか。

それとも――

香りを失った世界の秘密を知る、第三の存在なのか。

ハルたちはまだ知らない。

ただ一つ。

紫水晶の瞳を持つ謎の人物は、これから何度も彼らの前に現れる。

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