第13話 夜の森に迷い込んだ妖精と、天女を探すネズミ
夜。
森の中で、ハルたちは焚き火を囲んでいた。
「今日はここで休みましょう」
ハルが薪をくべる。
クロは焚き火の近くで丸くなっている。
ミルフィーユはというと――
「見て!」
謎の発明品を組み立てていた。
「それ、何?」
「夜でも香りを探せる装置!」
「ちゃんと動く?」
「もちろん!」
カチッ。
ブーン……。
「……」
「……」
ボンッ!
「煙出たよ」
「……まだ試作品だから」
「いつもそれだね」
キャサリンはため息をつきながら、料理を作っている。
「まったく、あなたたちは落ち着きがないわね」
「師匠が一番落ち着いてないと思います」
「何か言った?」
「何でもありません!」
そのとき――
「……たすけてぇ……」
「?」
森の奥から、小さな声が聞こえた。
ハルが立ち上がる。
「誰かいる」
「こんな夜に?」
キャサリンも振り返る。
木々の間から――
ふわっ。
小さな光が飛んできた。
「わぁっ!」
それは、小さな妖精だった。
羽を震わせながら、焚き火の前に落ちてくる。
「た、助けてください……」
ハルが慌てて近づく。
「大丈夫?」
妖精はハルを見る。
そして――
「……え?」
「どうしたの?」
妖精がハルの周りを飛び始める。
「お花……」
「花?」
「お花の香りがする!」
ハルは驚いた。
「俺から?」
「はい!」
妖精は嬉しそうに笑う。
「ずっと探していたの!」
「どういうこと?」
妖精は寂しそうな顔になる。
「この森のお花……全部、香りがなくなってしまったの」
「……」
「でも、あなたの近くには……ちゃんと花の香りがある」
ハルは自分の手を嗅いでみる。
「よく分からないな」
キャサリンが静かに見つめる。
「やっぱりね」
「何が?」
「あなたの鼻だけじゃない。あなた自身が、失われた香りを引き寄せているのかもしれない」
「え?」
そのとき――
「クンクン……」
「?」
草むらから何かが出てきた。
「チュー!」
「……ネズミ?」
変なネズミだった。
普通のネズミより少し大きく、立ち上がって二本足で歩いている。
「クンクン……」
ネズミが辺りを嗅ぎ回る。
そして突然――
「いたぁぁぁぁ!」
「うわっ!」
ネズミがキャサリンに向かって走り出した。
「天女様ぁぁぁ!」
「え?」
キャサリンが振り返る。
ネズミはキャサリンの足元で跪いた。
「なんという香り……!」
「……」
「この世のものとは思えぬ……」
ネズミが涙を流す。
「極上の天女の香り……!」
ハルが鼻を動かす。
「……」
ミルフィーユも嗅ぐ。
「……」
妖精も嗅ぐ。
「…………」
三人とも無言。
ハルが小声で言った。
「これ……」
ミルフィーユが頷く。
「うん……」
妖精も頷く。
「……キャサリンさんの香りです」
「ちょっと!」
キャサリンが叫んだ。
ネズミは感動に震えている。
「天女様!」
「違うわよ!」
「あなた様の香りを求め、私は旅をしてきました!」
「知らないわよ!」
「この香り……」
ネズミがうっとりする。
「甘く、力強く、そしてどこか刺激的……!」
「もうやめなさい!」
ハルは笑いをこらえる。
ミルフィーユは腹を抱えている。
「キャサリン……」
「何?」
「天女だって」
「笑ったら斬るわよ」
「ごめんなさい!」
クロまで、
「グル……」
と肩を震わせている。
「クロまで笑うな!」
夜の森に笑い声が響く。
だが――
妖精だけは笑っていなかった。
ハルのそばに近づき、小さな声で言う。
「……勇者様」
「どうしたの?」
「私、あなたにお願いがあります」
「お願い?」
妖精は真剣な顔をした。
「この世界から消えていく花の香りを……取り戻してください」
ハルは焚き火を見る。
そして、ゆっくり頷いた。
「分かった」
妖精は嬉しそうに笑った。
一方その頃。
「天女様ぁ……」
「まだ言ってるの!?」
変なネズミはキャサリンの後ろを追いかけ回していた。
「あなたの香りについていきます!」
「来ないで!」
「天女様ぁ!」
「来るなぁぁぁ!」
夜の森に、キャサリンの悲鳴が響き渡った。
こうして――
花の香りを求める妖精と、
キャサリンを天女と勘違いした変なネズミが、
ハルたちの旅に加わることになった。
そして翌朝。
ハルは気づく。
妖精が持ってきた一輪の花から――
ほんの少しだけ、香りが戻っていることに。




