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7/9

7転落


 家路に着くと、持ち帰ってきた鏡台をベットの側のナイトテーブルに置いた。鏡を寝室に置くと、寝ている間に生気を吸われるという言い伝えがあるが、わたしは寧ろ吸い取ってほしい。あの男の腐った遺伝子ごとね。

 吉江先輩との思いがけない再会は嬉しかったけど、駅で何者かに突き飛ばされた恐怖が消えない。それに謎の眩暈、首を絞められた感覚。九許斐ノナの通話相手とのやりとりも気になる。

 ベッドにもぐると急激に睡魔が襲ってきて、わたしは深い眠りについた。青いドレッサーが、カタカタと音をたてていたことに気づかなかった。



 数日後。秋日部市の喫茶店に寄ってカフェ飯をしてから、わたしは九許斐クリニックに向かった。験担ぎに開花丼をガッツリ食したのだ。開花丼の別名は他人丼。豚肉の卵とじがご飯の上に乗っている、わたしの大好物。卵と豚肉は赤の他人。そう。わたしと父みたいにね。

 九許斐ノナから差しだされた契約書に、サクッと目を通した。まずは目、鼻、口元のプチ整形からはじめて、気に入らなければその都度、ふたたびメスを入れていく。暫定七十万円。

「承諾したら判を押してね」

 わたしは『よしえ』の青い印鑑を握りしめながら、別に持参した『鏡見原』の印を押した。ドレッサーに入っていた印鑑は、あの日からいつも持ち歩いているのだ。何故か解らない、自分への戒めと贖罪になる気がしていた。

 施術自体は数時間。日帰りでできるらしい。

 スケジュールとしては、数回に渡って通院する。手始めに一番気に入らない目元に秘薬を注入し、瞳に革命を起こす。糸リフト、クマ取り、鼻の形を変えたら鼻の巣を閉じる。息なんて吸えなくてかまわない。唇はヒアルロン酸を打ち込んで口角をあげる。仕上げに肌の色も変えるのだ。

 ダウンタイムは一週間から十日ほど。もう、クソジジイに似ていなければ何でもいいし、どうでもいい。

 帰り際、また飯田健介先生に呼び止められた。

「思い詰めなくても良いですよ。チョコミントは、リラックス効果がありますから」

 青いシガレット状の清涼菓子を手渡される。やはり二枚目俳優だ。

 俯きながら受けとって、礼を述べる。

 飯田先生は非常階段に続く廊下へ消えていった。

 今度はその場で食べた。シガレットは甘くて、ほろ苦い。ミントが鼻に抜け、メンソールみたいだ。舌がスースーした。飯田先生そのものが清涼菓子みたいだと思った。



 秋日部駅に着いた。南マロン橋駅方面のホームは、一度二階に上がってから通路をぐるりと廻って、ふたたび階段から降りたところにある。タイミング悪く通勤ラッシュにぶつかったのか、夕方の駅構内は人ごみでごった返していた。

 ホームに続く階段を降りようとした時、ふいに身体をぐいっと引っ張られた。

 今度は手摺に掴まることもできなかった。下半身がつんのめって、身体が地面に落下していく。

 身体を打ち付けて階段下で止まった。うつ伏せの状態から、痛みで麻痺している顔を起こすと、吐きだされる人いきれの隙間に見知った人物の姿を見つけた。

  よ、吉江先輩……?

 ざわめく人々の声が徐々に大きくなっていく。ノイズが耳に木霊し、遠くで悲鳴が聞こえた。









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