↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/9

6邂逅


 突然、眩暈に襲われた。地面が、ぐらりと歪む。

 覚束ない足取りでエレベーターまで辿り着くと、二階に上がり、南マロン橋駅行きの電車を目指してホームへ向かう。

 階段を降りようとした時、首に何かが絡みついた。背後から何者かに首を絞められているみたいだ。

 苦しい。気が遠くなりかけると、


 ドンッ


 今度は背中を蹴飛ばされた。

「ひゃっ……」

 つま先が段鼻から滑り落ちる。血の気が引いて、反射的に手摺を掴んだ。

「愛ぽん!」

 間一髪のところへ、背後から声が呼び止めた。

 振り返ると、誰かがいる。まだ視界が歪んでいた。

 倒れこむように階段の床に手を付いた。最初に目に入ったのは黒のハイヒール。細身の脚にストッキング。引き締まったウェストにタイトスカート、Bカップの胸に白いブラウス。ロングヘアー……。徐々に顔をあげていくと、

「よ、吉江(よしえ)先輩……?」

 心配そうに佇む女性は、学生時代の--。

「大丈夫?」

 跪くわたしに駆け寄り、背中を支えてくれた。

「改札に着いた時に見かけて、様子が変だったから跡をついてきたの」

 吉江美辣(ミラー)。幼い時に一緒に遊んだ近所のお姉さん。知らない間に何処かへ引っ越して、離ればなれになったあと、高校生になってから再会したんだ。

「久しぶりだね」

 吉江先輩は駅のホームで買ったコーンスープを手渡してくれた。吉江先輩自身は、しじみ汁を買っていた。 

 二人でホームのベンチに腰掛けた。南マロン橋方面の電車は、三台くらい見送った。

「整形するの?」

「はい。今日は診察だけだったけど次回は」

 わたしは固く決意していることを打ち明けた。

 コーンスープは、美味しいんだけど缶の内側にコーンが引っ掛かって、なかなか落ちてきてくれない。躍起になって缶を振り続けていたら、服に跳ねた。

 ハンカチを取り出そうとバックを開いた時、はたと気づいた。青い玩具のドレッサー。いつの間に入っていたのか。眩暈に襲われた時、無意識にバックに仕舞っていたのかもしれない。

 ドレッサーの引き出しを確かめると、やはり青い印鑑もセットだった。

「あたしはね、なるべくだったら自分の顔、大事にしてほしい」

 吉江先輩は言った。

 入線してきた列車が発車するまでに、少しの時間があった。

 わたしは手のひらに乗せた青い印鑑を握りしめた。青いインクはもう染みだしてこなかった。不思議だ。押した時だけ朱肉が復活するのかもしれない。

 手のひらから印鑑が滑った。コロコロと転がって吉江先輩の足元で止まった。

「ねえ愛ぽん。あたしたちって不思議な縁があると思わない? 名前も一緒だし--」

 吉江先輩は『よしえ』が彫られた青い印鑑を拾い上げると、わたしに手渡してくれた。

「あたしのね、旧姓も鏡見原だったの」

「え?」

「あたしが幼い時、大好きな父が他界したの。過労が祟っての病死だった。母は女手一つであたしを育ててくれた」

 幼少時代、噂で聞いたことがある。鏡見原。珍しい姓なのに、地元にもう一人、同じ苗字の子が住んでいると。時々一緒に遊んでくれた、あの時のお姉ちゃんが、吉江先輩が『鏡見原さん』だったのか。引っ越したのも、母子家庭になった事情が絡んでいたのかもしれない。高校生になって再会した時も、わたしの知らない苦労を先輩は味わってきたのか。

「〝吉江〟は、お母様の姓ですか」

 先輩は頷くと、

「両親が健在で、可愛がってもらっていたあなたが羨ましいわ。お父さんのこと大事にしてあげてね」

 反対側のホームに、先輩の地元がある藤(ふじ)の馬島(うましま)駅方面の列車が入線してきた。

「それじゃまた」

 わたしの肩に手を乗せてから、吉江先輩は階段を上がっていった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。