いざ宴へ
「ちがいます!やり直し!!」
翠青宮の奥の部屋から、妃教育についている者の怒号が聞こえた。
扉の隙間からそっと様子を伺うと、中では美雨が茶を飲む練習をしている。
「ちがう!右手はこうです!」
ずいぶんキツイ言い方をされているが、彼女は困惑しながらも必死に先生の動きを真似ていた。
ちょうどその時、扉に腕があたりガタッと大きな物音が立ってしまった。二人がこちらを見る。
「これは殿下...何かご用でしたでしょうか」
教育係が礼をとると、美雨も急いで頭を下げた。
「あ...いや、用というわけではないのだが...」
不自然な返しをしてしまい、教育係が怪訝な顔でしばらく考えると、何かを察したように言った。
「美雨様、本日はこれくらいにいたしましょう。やったことを忘れないように復習してください」
教育係はそう告げると、そのまま部屋から出て行った。
「ありがとうございました」美雨がお辞儀をする。
...気まずい。部屋に二人きりになってしまった。おそらく俺が妃候補に会いに来たと思って気を利かせたのだろう。ただ様子を見に来ただけだったのだが。
美雨がそのままこちらを向く。
「清嵐殿下におかれましては、ご機嫌麗しく...」
突然のテンプレートのような挨拶に驚いて言った。
「...いや、礼はいい。二人きりのときは清嵐と呼んでくれ。...久しぶりだな。妃教育は順調か?」
「わかりました、清嵐様。お久しぶりでございます。大変なこともありますが、身に余る生活をさせていただいております」
微笑んだ彼女は今日も噂の官女の格好で装飾品の類も身につけておらず、長い髪もまとめているだけだったが、出会ったときより小綺麗になっていた。
改めて彼女とじっくり顔を合わせて、自分のことを見つめる視線が気恥ずかしくなり、慌てて逸らした。
「美雨...だったか。何か困ったことがあればなんでも言ってくれ」
「ありがとうございます。私のことは雨とお呼びください」
「わかった。では雨、少し庭を歩かないか。翠青宮の中であれば誰にも見られないだろう。少し話がしたい」
本当は様子を見に来ただけだったが、気づけば彼女のことを知りたくなっている自分がいた。
中庭を歩きながら美雨が言った。
「清嵐様は...私が想像していた皇族とは違いました。ここに来る前は、皇族は私たち平民の暮らしなど気にも留めず贅沢三昧の生活なのだろうと...。でも、清嵐様が毎日朝早くから夜遅くまで政務に励んでおられるのを見て、私ももっと頑張らなくちゃって思えたんです。だから...ありがとうございます」
そう言って私に笑いかけた彼女が、本当に花が咲き綻ぶようで可愛いかった。自分のことを知っていてくれたことがうれしくもあった。
これまで様々な女が自分に言い寄ってきたが、皆が俺のことを見てはいなかった。皇子という立場を利用しようとする者、皇族に成り上がりたい者、ろくでもない女ばかりだったのだ。だから女にうつつを抜かすなどあってはならないと、ずっと思い続けてきたが、彼女にはどうしてか惹かれている自分がいた。
「...常に民のことを思い世に平穏をもたらすのが、皇族の務めだ。こんな出会い方で君には苦労をかけてばかりだが、共に尽力してほしい。頼む」
俺がそう言うと、彼女は穏やかに笑った。
「...はい。がんばります」
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ついに美雨のお披露目をする宴の日がやってきた。
美雨の支度が終わったと下女が呼びにきたので、彼女を迎えに行く。
「...雨。入るぞ」
扉を開けると、そこには美しい美雨の姿があった。薄く化粧をした顔、控えめだが気品のある水色の衣、長い髪は結い上げられている。
「..........」
予想以上の仕上がりに、言葉が出なくなった。
「...清嵐様?どこか変でしょうか?」
美雨が俺の顔を覗き込もうとするが、その姿で近づかれるとまずい。思わず口元を押さえて顔を背けてしまった。
「...あ、似合ってないでしょうか...?あまり華美なものも似合わないかと思って落ち着いた色を選んだのですが...」
「......っそんなことはない。よく似合っている」
必死に言葉を捻り出した。
「ありがとうございます」
照れて顔を赤らめる美雨が可愛すぎて、天井の模様を見て気を逸らした。
「では、行こうか」
「はい」
そう言って美雨が俺の腕に手をかける。
二人で翠青宮を出て、宴が開かれる本殿へと向かった。




