黒い噂
今日は建国祭の日。
火麟国にはある建国神話が言い伝えられている。
--昔、天から授かった火の力を使い人々は争い、世界は荒んでいた。そのことを嘆いた麒麟が天から現れ、一人の男の前で跪いた。麒麟に選ばれたその男は、火の力を正しく使い、人々争いを止めたのだ。
宮廷では焚き上げを行い、その煙で天の麒麟に国の安寧を願う祭事を行う。
本殿の前では、焚き上げのために櫓が組まれていた。
皇子である清嵐様も祭事に出席するとのことで、私も妃として同行することになった。
人の背丈より遥かに高い櫓に、帝が火をつける。
あっという間に燃え広がり、煙が空高く登っていった。
私たちはその様子を静かに見ていた。
櫓の半分が燃え尽きようというころ、私は突然気分が悪くなり吐きそうになった。
帝や官たちの前で吐くなんて粗相はできないと、私は吐き気に耐えながら静かに席を離れた。
本殿の裏手に一人でうずくまっていると、清嵐様が走ってやってきた。
「大丈夫か?煙を吸い込んだんだろうな...これを飲め」
そう言って水を飲ませてくれた。私は少し落ち着いた。
「大事な祭事の途中で抜け出してしまい申し訳ありません...」
「そんなこと気にするな」
優しく笑った清嵐様が、私の頬を撫でた。
この間、一緒に寝た日から心臓がドキドキしてしまう。立場をわきまえなくては。私は妃に相応しい人が現れるまでの繋ぎなんだろうから。
廉様が呼びにきた。
「殿下、このような場所で何を...あ、妃殿下!どうされましたか」
「少し煙を吸い込んで具合が悪くなったようだ。俺は祭事に戻るから、妃を宮まで連れて戻ってくれ」
私は心配する廉様に付き添われ、部屋に戻った。
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祭事からしばらく経ったある日。
美雨は執務室にいる清嵐に忘れものを届けにきていた。侍女が行くと言っていたのだが、ただでさえ数が少ない翠青宮の侍女が一人減ると皆が困るのだ。
妃教育を受け終わった美雨が届けに行くことになった。
「清嵐殿下、お忘れものをお届けにまいりました」
「ああ、美雨。すまないな」
清嵐は美雨が来てくれたことに歓喜の表情を浮かべた。「ありがとう」と言って美雨の頬に手を当てる。二人の世界に入りかけたとき、廉の咳払いが聞こえた。
我に返った清嵐は、可愛い美雨に触れることを堪えて「では、夕食のときに」と言った。
美雨はそのまま一人で翠青宮へと戻っていた。
階段に差し掛かかろうとしたときーーー
誰かが背後から美雨を突き飛ばした。
「きゃあっ」
そのまま何段もある階段の上から転がり落ちる。人影がぼんやり見えたが、頭から血をながした美雨はそのまま意識を失った。
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目を開けると、翠青宮の清嵐様の部屋に寝かされていた。
「あれ、私......」
気付いた清嵐様が、「...っ雨!」と私の手を固く握りしめた。
「清嵐...様...」
そばにいた廉様も胸を撫で下ろす。
「よかった...妃殿下は宮中の階段の下で血を流して倒れていたのですよ。何があったのですか?」
ぼんやりした意識がはっきりとしてきて、突き飛ばされた記憶が蘇る。
「誰かに...押されて......」
私がそう言うと、清嵐様と廉様は顔を見合わせて深刻な表情になった。
清嵐様は私の手を握ったまま、
「まだ起きない方がいい。もう少し寝ていろ」
そう言って私のおでこにキスをした。私はそのまま深い眠りについた。
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美雨を寝かせたあと、部屋を出た清嵐と廉は深妙な面持ちで話し始めた。
「...実は先日の祭事で、美雨様のご様子がおかしかったことから官たちの間で妙な噂が立っています」
「噂?」
「はい、美雨様がご懐妊されたのではという噂です」
清嵐の顔が一気に強張る。皇子妃である美雨が懐妊したとなれば、宮中の俊然派の官たちが黙っていないだろう。いまだに内政で強い力を持っている皇后の実父、王明も俊然を次の帝にと考えているため、懐妊したと聞きつければ妃を手にかけることも厭わないだろう。
「...っ、美雨に護衛をつけろ」
清嵐が血が出そうなほど強く拳を握る。
「かしこまりました」
廉はそのまま手配に動いた。
清嵐は部屋に戻り、寝台で眠る美雨に「必ず守ってみせる」と小さく呟いた。




