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悪魔王と厄災の姫  作者: 管原叶乃
2/5

2・初夜

王と姫の結婚の儀はそれからすぐに行われた。

本来ならば数日は到着したばかりの花嫁を休ませ、準備を万端に整えてから行うべきところである。


「当に姫の準備は整っているようだ。

無駄な時間は不要」


だが王の言葉に休息の時間は省かれた。

元々結婚の儀も、その後の宴の用意もそれなりに整えられていたのだ。

そして当の姫がそれを承諾したので、何の障害もないことになった。

とはいえ、式と宴は両王国の国力から考えてもひどく寂しいものになってしまった。

式に列席したのは王の廷臣と姫の従者から数人、宴もやはり廷臣と従者だけであった。王の親族も、姫の親族も一人も参加していない。王は全ての親族を亡くしているからともかくとして、姫は身分から考えて一人の重臣も、親族も国元から参加しないのはその身分からしてあり得ないことであった。


それに加えて王その人の表情である。

王は姫のあの言葉を聞いてから、全くの無表情になった。

ただ冷たく、無表情に言葉を発し、受け答えをする。


「姫の連れてきた従者は国元に返せ。残ってよいのは侍女のみとする」

「そ、それは……!」

「承りました」

「東の塔の部屋がお前の部屋だ。分からないことがあれば家宰のグスタブに申し付けよ」

「はい」

「他になければここまでとする」

「陛下、もう少しよろしいでしょうか」


王は何の感情も込めずに姫を見やると、無言で顎をしゃくった。

姫は慎ましく頭を垂れ、言葉を続けた。


「二つ、お願いの儀がございます。

私は皇国で専門に農政と産業の育成を学んでおりました。お許し頂ければその知識と技術を今後も生かしとうございます。

お許しいただけるでしょうか」

「許す。仔細はグスタブに」

「ありがとうございます。もう一つは」


ここで少し、姫はためらうように言葉を止めた。


「姫、陛下がお言葉を続けるようにお許しくださったのです。

ここで言いよどむような無礼は感心できませんな」


グスタブの主の心を映したかのように冷たく、無礼とも言える言葉を姫は黙って受け入れた。

短く謝罪した後、姫は思い切ったように言った。


「どうか私のことはエイダとお呼びくださるようお願い致したく存じます」


それを聞くと王の廷臣たちの間に失笑が起こった。

廷臣たちはまず妃となる人の名前を呼ぶことなどあり得ない。

そして王その人にしても彼女のことを名前で呼ぶことなどなさそうに思えたからだ。


王もまた冷たく笑っていた。

王が顔に笑いを浮かべると、赤黒く焼けただれた左半分の顔がゆがんだ。

王は姫のその願いには何の返事も返さなかった。


式も宴も、ひどく静かにごく短時間で終わってしまった。

宴だけでも、もう少し賑やかになってもよさそうなものだったが、皆酒を飲むのもそこそこに散会してしまったのである。

何よりも王その人が無表情に座ったまま、何の言葉も発しないので臣下たちもおざなりの祝いの言葉しかかけなかったのだった。



王は食事が済むと早々に一人、奥へと姿を消してしまった。

姫もそのすぐ後に王に続いて宴の場から下がっていく。

姫は与えられた部屋に入ると、入浴をすませ、髪と肌に香油を塗った。

暗い顔をした侍女たちを微笑んで下がらせ、後は蝋燭の灯りばかりとなった部屋の寝台に腰掛ける。

姫は静かに待った。


かなりの長い時間、姫はそうして待ち続けなければならなかった。

やがてかなり夜もふけた頃、ようやく部屋の扉が重い音をきしませて開かれた。

まだ燃え残る蝋燭の灯りの中を黒い影が進む。

寝台に横たわっていた姫は起き上がると、床に跪こうとした。


「!」


その姫の腕を乱暴な力がつかみ、寝台に投げるように放り出す。

言葉を発しようとした姫の細い首を、王の右手がつかむ。

姫は大きく目を見開きながらすぐ上に見える王の顔を見つめた。

寝台のすぐ横にある蝋燭の灯りで、昼間、窓からの細い光に照らされたときと同じように王の顔がよく見える。

王はやはり片側だけ長く伸ばした金の前髪で顔半分をわずかに隠し、昼間よりも砕けた、マントのない黒い上着姿だった。昼間はわずかな隙間もなく覆われていた肌は、今は手首から先があらわになって、その手が姫の腕をつかみ、首をつかんでいるのだ。


昼間は見えなかったその左の手首には、細く繊細な銀の腕輪がはまっている。

その銀の冷たさと、王の焼けただれ、ざらついた素肌が姫のなめらかな白い肌に直接触れていた。


「これがお前の『贈り物』か?」

「…………」


姫は言葉を発しようとしたが、声が出ない。

かろうじて息はできるが、動きすらも封じられてしまっている。


「心を読む相手にも己の心を偽り隠す。それがお前の持つ力か」


姫は再び声を発しようとする。

今度は首にかけられた王の手の力が幾分弱められた。

は、と大きく息を吸い、姫は声を発した。


「いいえ」

「――――嘘をつくな!」


底冷えがするほど低く、冷たい声が言い放つ。


「お前は嘘をついている」

「いいえ」

「まだ言うか……」


怒りと憤りが隠しようもなく王の声ににじむ。

式と宴の最中、無表情だったのはただ抑えていただけだ。

ただ彼女に対する怒りと憤りを抑え、冷たく彼女を品定めしていただけのことだった。

そうと悟っても姫はただ眼を見開くだけ、静かに穏やかな声で繰り返した。


「いいえ。私の持つ『贈り物』はそのような力ではありません」

「死にたいのか?

このまま首の骨をへし折ってやってもいいのだぞ」

「ご存知のはずです」


姫の今度のその声は震え、かすれていた。


「名の知れた王ならいざ知らず、王族の末席に連なるものでしかない者が持つ力の仔細は知れ渡っていない。力が重要であればあるほど、逆に隠されるものだ。どうしてお前の言うことが真実だと分かる」

「それでも、私が陛下を謀ろうと考えていないのは、陛下のお力で良くお分かりのはずです。

私は厄災の姫。厄災と不幸、それが私の『贈り物』です」

「ならば、なぜ」


王は何事か、言葉を発しようとして口をつぐむ。

しばらく沈黙が横たわった後、王は低く笑った。虚ろな、暗い笑い。

左の顔がゆがみ、姫にはそれがまるで苦悶しているかのような表情に見える。


「陛下―――――」


王は冷たく姫を見据えると、姫の首に手をかけたまま、もう片方の手で自らの上着に手をかけた。

結びつけられた紐をほどく。

かすかな衣擦れの音と共に、王の上着の襟元から胸にかけて肌があらわになる。

王は冷たく笑いながらさらに結び目をほどいていく。


「どうだ、首よりも下からが酷くなっていくだろう。

胸から腹が特に酷い。半身だけでなく全面だからな。ざらついているばかりか、赤黒さを通り越して黒ずみ大きな縫い目まである。醜かろう」


言葉の後、わずかに王の手が止まる。

しかしそれはほんの短い間で、王は一気に最後の結び目をほどき、上着の全てを開いた。

そして姫の顔を無言で見る。

姫の声が静かに言った。


「痛むのですか」

「―――なに?」

「まだ……痛むのですか」


王は無言のまましばらく姫を見つめ、低く言った。


「今はもう痛まない……」

「本当に」


姫の声がはっきりと震えを帯び、吐息のようにささやかれた。


「よかった……」

「なぜ!!」


不意に王の声が激昂した。

王は両腕で姫の肩をつかみ、荒々しく寝台に押し付けた。


「なぜ恐怖しない!なぜ嫌悪しない!

これまでどんな女も、娼婦たちや実の姉や母すらもこの醜い傷跡を見て嫌悪しおぞましいと俺を厭うた!どんな女もここまで見せれば必ず口ではなんと言っても、心に恐怖か嫌悪感を抱いたというのに……」


姫は言葉を発しようとした。

だが王に荒々しく唇をふさがれ、できなかった。

酷いほどに唇を吸われ、舌を吸われ、息すらままならない。

寝間着を破かれるように取り払われ、肌を痛いほどに吸われ、それでも姫は逃げようとしなかった。

ただ夢中で王を抱きしめていた。

ただ夢中で王を受け入れていた。


その間中、確かに彼女は微笑んでいた。





あくる日、姫の部屋に入った侍女たちは悲鳴を上げた。

姫は首や手首、肩に痣を作り、血の気を失った顔で寝台から起き上がれなくなっていたのだ。


「姫様!あまりにむごうございます」

「いくらなんでもあまりに酷い……皇国へ帰りましょう!今ならまだ従者たちもおります。従者たちは今日には皇国に返されてしまいます。今のうちに帰りましょう。お母上が必ずなんとかしてくださいます」


無言で首を振る彼女に侍女たちは涙ながらに訴えた。


「姫様……!」

「ただでさえ私は厄災の姫。増してや純潔を失った王家の娘など、どこでも持て余してしまうでしょう」

「いいえ、いいえ、姫様。皇国の姫君であらせられる方を、どこの誰にこのようにぞんざいに扱う権利がありましょう。帰りましょう、姫様」

「もう姫様じゃないわ、私。あの方の妻になったのよ」

「エイダ様……」


絶句する侍女たちに向かって、彼女―――エイダは幸福そうに微笑んだ。


「厄災の姫と言われる私についてきてくれたあなたたちには本当にすまないと思っています。ありがたいとも」

「エイダ様……」

「でも私の帰る場所はここ。陛下の……あの方のおそば以外にないのよ」


エイダは微笑み、最後にポツリと言った。


「例えどんなにあの方に厭われようとも」


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