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悪魔王と厄災の姫  作者: 管原叶乃
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1・出会い


石の壁に取り囲まれた玉座の間は暗く、見通しが悪い。

本来その部屋の中で最も明るく光り照らされるべきである玉座の周辺はひときわ影を集め、その中に腰掛ける人の姿形を人々の見る目から隠している。

影の中の人影が声を発した。


「大儀」


声は低く、抑揚に欠け、全くの無表情。

人間らしい感情をいっさい排した冷酷なものだった。

先ぶれの使者はただ恐れ、畏怖し、その場に頭を低くする。


使者をしばらく黙って見つめていた王は、ややあって声も出さず、息だけで笑いを上げた。

冷笑。そう表現するしかない、乾ききった冷たい笑い。


「無表情な声、冷酷な笑い、やはり噂に違わぬと見える。

これはいよいよ阻喪を働いてはならぬ、か」


王のその言葉を聞いた使者はびくり、と体を震わせた。

恐怖に冷や汗が止まらない。

できれば逃げ出したいという思いを必死に耐える。

やはりこの王は化け物だ。


「ご苦労なことだな。お前もお前の仕える主も、その姫も。

悪魔と呼ばれる余と付き合わねばならぬとは、その心中如何ばかりと察する」


使者はさらに恐怖し、ただただ頭を低くする。

やはり噂通りの王。その為人。

悪魔と呼ばれるにふさわしい方である、と―――




その王の名はヴァルター・ヴァルデマール。

ガルマルと呼ばれる国の王である。

近隣の小国を同盟の名のもとに傘下に治め、雪深い北の一国家を瞬く間に北方随一の大国にまでのし上げた。暴君、凶王、悪魔王と呼ばれる王である。

曰く、王位につくためには祖父から両親、一族郎党、幼子に至るまで斬首に処した冷血無慈悲の王。敵対すれば女子供にまで根切りを辞さない冷酷残忍な王。

味方であっても厳しく責務を課し、ついてこれずに野垂れ死んでも一顧だにしない。己の財を蓄えるために近隣諸国を焼き尽くし、略奪の限りを尽くす。

まさに悪名にふさわしい恐るべき王である。


しかし彼が人々に最も忌み嫌われ、悪名を冠せられた所以はひとえにそのおぞましい容姿故であった。

そして一部の王族が持つという神から与えられた「贈り物」―――

それは例えば傷や病を治す癒し手であったり、他の追随を許さぬ剣の才であったりするもの――――

彼の王も持つその「贈り物」が悪魔から贈られたものとしか思えぬほどに忌まわしいものだったからである。


   


「陛下。先ほどの使者、門より出でて正妃様の馬車に戻ったようでございます。

もう一刻もすればご到着でございましょう。お支度を」

「グスタブ。言葉は正確に用いろ、正妃ではない。今はまだ、な」


暗がりの玉座に向かって痩せた灰色の髪の男が目礼する。

玉座の人は抑揚のない声で無表情に続けた。


「不服があれば言葉にして言えと常から言っているはず」

「申し訳ありません」


他の王家であれば不服などではない、そんなことはない、と否定するところかもしれないが、グスタブと呼ばれた男はそのような否定はしなかった。否定をしても無駄だと知っているからだ。


「陛下、グスタブ卿は先方のこちらに抱くであろう印象を心配しているのです。

優遇する必要はありませんが、それなりの対応をなさいませ」


金髪に明るい緑色の瞳をした男が、人好きのする声で言った。

まだ若く、女性に大層受けが良いだろうと思われる整った容姿である。


「お前の言う通りだ、ウルリク。なにしろ相手は超大国。こちらがいかに北方随一といわれるようになったとは言え、国力はまだまだ雲泥の差。あちらから見れば吹けば飛ぶような屑でしかない、我が国は」

「それ故の婚姻。それ故の政略でございます。差し手によっては必ずこちらの利となりましょう」

「反対にこちらが喰われるかもしれんぞ。送られてきた姫が姫だ。お前も知っていよう」


王は再び声に冷笑をにじませた。それは使者に向けたものよりも遥かに冷たい笑いだった。


「彼の女帝の11人の子たちのうちで最も有能、最も女帝に似ていると噂の姫だ。陰ひなたに大人しく王を立てる女とは到底思えん。だが彼の大国の技術と知識は用立てることができれば、わが国には大きな利となる。それなりの待遇は与えよう。己の分をわきまえ大人しく責務を果たせばそれで良し。さもなくば……」

「陛下。陛下には無用の進言とは思いますが、ゆめゆめご油断なされませぬよう」

「全くだ、ウルリク。そのような進言は無用」


冷笑が消え、王の声がより無表情に、平坦になる。


「余の持つ力は知っているだろう。どのような企みをもって近づこうが、女の意のままになる余と思うか」

「もちろん陛下のお持ちである『贈り物』の力は重々承知しております。しかし」


ウルリクと呼ばれた緑の瞳の男は気づかわしな表情になり、憂いを含んだ声で言う。


「彼の姫君の通り名は『厄災の姫』。あらゆる厄災を呼び寄せ、周囲の者を不幸にすると専らの噂でございます。それを見越して女帝はこちらに姫を送ってきたのではありますまいか」

「この期に及んで多少の不幸を嘆く余と思うか」


王の声音に静寂が落ちた。

玉座に重く、暗い空気がたちこめたかのようだった。


「失言を。申し訳ありません、陛下」

「構わん」

「ですが私は心配なのです。くれぐれもお気をつけください。今陛下に万が一のことがあればこの国は………」

「余はむしろ相手の姫に同情するがな。なんといっても悪魔と言われるこの容姿だ。果たして女である姫に一晩でも耐えられるか」


王は低く声に出して、はっきりと笑い声を上げた。

それは暗く陰鬱で、聞くものによっては禍々しささえ感じられる笑いだった。


「大半の女のように恐怖で支配できればこれ以上の楽はない。恐怖せず嫌悪に走るならそれもいい。それ位のふてぶてしさを持っている方が楽しみも増えるというものだ。せいぜい女の非力さを味合わせ、屈服させてやることにしよう」




武骨な石の城の前で豪奢な馬車が歩みを止める。

馬車は金に黒、赤布のきらびやかなもの。

馬車と同じ色の衣装をまとった騎士たちが馬車と共に歩みを止める。

騎士たちが馬車の中の高貴な人の歩む道を守るようにその両脇に並び、剣を掲げる。

馬車から一人の人が侍女に付き従われ姿を現した。

頭から赤布に金糸をほどこしたフードを目深にかぶった小柄な人である。

従者が高らかに名乗りをあげる。


「ハーヴェンベルグ皇国、カサンドラ・エイダ・ハーヴェンベルグ皇女様」


石の跳ね上げ橋の前に並んでいた臣下たちがいっせいに頭を下げる。


「ようこそお出でくださいました、姫君」


痩せた灰色の髪の男、グスタブが代表して言葉を発する。

フードの小柄な人は応えて鷹揚に頷いてみせた。


廷臣たちに誘われ、彼女と従者たちは石の居城の中に入っていく。

石の城は細く長い窓がわずかばかり、暗く日の光を拒み、蝋燭の明かりだけがわずかに周囲を照らすのみである。

人々の表情も皆無表情で、場の空気はよく言えば厳粛、悪く言えばどこまでも冷たく、底冷えのするものであった。掃き清められた床とそこに敷かれた真新しい干し草だけが見いだせる唯一のすがすがしいものだった。



固く乾いた靴音の響きと共に一行は奥へ進む。

やがて一行は居城の最も奥、暗く底冷えのする玉座の間に到着した。

玉座の間には細く長い窓が二つしかなく、そのわずかな光は玉座には届かない。

暗い部屋の中にあって最も暗い場所に天幕のかかった玉座の輪郭、そしてそこに座る人の影が見えた。

小柄なフードの人がかすかな衣擦れの音と共にその場に跪く。後ろの従者たちも皆それに倣ったが、従者たちの表情は部屋の暗さに比例してこわばっていた。

悪魔王の名とその所業は大陸に広く響き渡っている。

その容貌の醜さも話に聞くだけだったが、知らぬものはいないのだ。


「大儀」


従者たちの中の一人、先ぶれの使者をつとめた者がびくり、と肩を震わせた。

先ほどの王との謁見を思い出したのだった。

フードの小柄な人が静かに頭を垂れ、静かにはじめの一言を発した。


「ハーヴェンベルグ皇国、カサンドラ・エイダ・ハーヴェンベルグでございます」


迎える側の臣下たちの何人かにわずかな変化が見られた。

互いに顔を見合わせる者たちすらあった。

その声はあまりに高く澄んでいて、鈴の音が鳴るような、という形容にぴったりな声だった。可愛らしいと形容してもいいだろう。

偉大な恐るべき女帝に最も似ている姫という噂に比しても、あまりに予想に反する声音だった。


だがもちろん、王は声音ひとつ、容姿ひとつに心を動かされることはない。

彼のこれまでの経験からして、それは最も彼の心に訴えかけないものの一つだった。

しかし姫のある要素が彼の眉をひそめさせた。

暗がりで誰も気が付かなかったが、確かに王の眉をひそめさせたのだ。


「王にお会いできて嬉しゅうございます」


静かに、控えめに告げられたその言葉に王はますます眉をひそめた。


「王にお会いできるこの日を、一日一日、楽しみに致しておりました」


王の臣下たちばかりか姫自身の従者たちが顔を見合わせる中、姫は静かに言って、頭を下げた。

王が玉座の手すりを固く握りしめたのが、王の臣下たちには分かった。

彼らは暗がりの中にいる王の気配を察するのに慣れていたのだ。

王の臣下たちの顔に恐怖の色が浮かぶ。それに気づいているのかいないのか、姫はさらに言葉を重ねて言った。


「王の妃にと迎えて頂いて、私には望外の喜びでございます。どうかこれからも末永く、よろしくお願い致します」

「黙れ」


王が低く言い放った言葉に、姫の従者たちはもちろん、王の臣下たちも凍り付いた。


「何も知らぬふりをして心にもないことを申すな。

お前はもちろん、余が何と噂され皆から厭われているか知っているはずだ。

余はそのような阿諛追従は最も好かない」

「阿諛追従などではございません」


姫が静かに言った言葉に姫の従者たちの顔色が真っ白になった。


「姫!」

「心にもないことを言った覚えもございません。誓って私の本心でございます」


さらに姫の続けて言った言葉に従者たちは悲鳴のような声を上げた。


「王は人の心を読み、その感情を察する力をお持ちでしょう。私の言葉が本心からのものか、そうでないのか、良くお分かりのはずです」


人の心を読み、意のままに操る。

それが悪魔王と呼ばれる王の『贈り物』。

心を読むなど、悪魔の仕業。恐怖を抱かずにいられない忌まわしい技。

それこそ、王が悪魔とささやかれる所以であった。

その忌まわしい技と醜い容姿を家族にまで厭われ、結果皆殺しにしてまで王位を手に入れた。大陸中でまことしやかに囁かれている、誰知らぬもののない噂だった。


王は低く笑い声を上げた。

その笑い声の暗さ、陰鬱さに姫をのぞく一同は顔をこわばらせた。


「なるほど、女帝に最も似た姫とは良く言った。見上げた胆力だ。

お前のようにはっきりと余の言にたてつく者はついぞ居なかった。

だが余の姿を見てもまだそのように平静でいられるか」


玉座から人影が立ち上がり、暗がりから動き出す。


「ひ………!」


それをはじめて見る姫の従者たちからは悲鳴が上がり、見るのははじめてではないはずの王の臣下たちも思わず顔をゆがめた。


玉座の手前、細く長い窓から差し込むわずかばかりの光の中に浮かび上がったその姿。

長く腰までのびた美しい金の髪。金褐色の瞳。透き通った白い肌。

顔立ちは精悍でありながら美しく整っていて、それだけ見ればさぞや麗しい、絶世の美青年であっただろう。

しかしそれは彼の顔の右半分のみだった。

彼の左の眼は白く濁り、その下の頬は赤黒く焼けただれている。右半分に比べてやや前を隠すように流された髪も、その醜さを到底隠すことはできない。

崩れたその肌は頬からさらに下へと続き、首はほとんどが焼けただれていた。

おそらく首から下はもっとひどいことになっているだろう。王の纏った黒いマントと衣は指先まで一部の隙間もなく肌を覆っているため、それが容易に想像できる。

そして右半身が類まれな美しさをたたえていればいる分だけ、残った大部分の醜さがより一層際立ち、見る人におぞましさを感じさせるのだった。対比が強調されているのである。


おそろしい沈黙が暗い玉座を支配した。


「こんなことを申し上げても、どうかお怒りにならないでください」


ぎょっとした表情で従者たち、臣下たちが言葉を発した姫を見る。

姫は無礼にならない程度に、そっと、ただ一歩、王の方へと歩み寄った。

顔を上げたしぐさで目深にかぶったフードがその後ろへと落ちていく。

細く落ちる光の中に浮かび上がった黒く長い髪、白い肌は美しかったが、控えめだった。


だが彼女の頬は上気し、黒い瞳は高揚して輝いていた。

憧れとそれ以上の何かを含んだ、見るものをはっとさせるような輝き。


「悪魔だなんて……私にはどうしてもそう思えません。

角が生えているわけでも、牙が生えているわけでもないのに」


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