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   14 クラス寮


 寮、といって一輝が思い浮かべるのは、質素で色気のない団地のような建物だった。男女別に棟が建てられ、二人部屋とか四人部屋とかそういう狭くいかにも学生身分らしい部屋で、多数の不満を抱えつつも何とか上手くやっていくうちに慣れていくという、まあそんなようなイメージだった。

 そのせいで、アリーシャが「ここですよ」と指差した建物を見て、数秒ほど何かの間違いなのかと目を疑ってしまっていた。


「なんか……豪華じゃない?」


 唖然とする。

 一輝の目の前に建っているのは、洒落た洋館風の一軒屋のような建物だった。マヨ地獄事件(あの後アリーシャの水の神霊パリアカカがだばだばと水を流して何とか洗い流した)のあった場所からさほど離れてはいない。丁寧に造成され整えられた敷地の一角、学園中心部からは少々遠い位置に、それは建っていた。

 辺りを見回すと、似たような建物がいくつか並んで建っていた。狭いながらも庭まであるらしく、手入れの行き届いた生垣などが見える。

 凝った細工の施された鎧戸つきの窓からは、室内のこれまた洒落た調度を覗くことができた。


「ええ、そうですね、普通の寮に比べればちょっとは広くつかえますよ」

「いやそういうレベルじゃない気がするけどな」


 アリーシャの言葉に首を捻る。それから、大事なことを訊いておく。


「ここ、同居者はもう入ってるんですか? 部屋とか何人で使ってるってのも聞いてないし……」

「あれ、一輝さん、先生から聞いてないんですか?」


 吃驚したように、スピカが言葉を挟んだ。


「聞いてないって、何を?」


 聞き返すと、アリーシャが口元に手を添えて微笑み、それに答えた。


「一輝さん、ここの入居者は、マリーチャ・クラスの全メンバーですよ。私とスピカさんに、フェーリスさんとドロレス、みんなのお家です。ここが」

「へえ」


 なるほど、と納得して、一輝は改めて尋ねた。


「じゃあ、俺の部屋は何処の寮なのかな。そっちに先に案内してくれるのかとばっかり思ってたんだけど、勘違いだった? もしかして」

「いえ、ですから一輝さんもここに住むんですよ」


 全く動じることなく、アリーシャが返す。

 一輝は振り返って、真顔のままアリーシャ、ドロレス、スピカの順に目線を合わせてみた。誰一人として「冗談でしたー!」などということもなく、皆こちらを見返してくる。


「ごめんなさい……てっきり先生から聞いてると思っていたので……ここのことを知っていて、それでもまったく疑問に思っていないようだから一輝さん、こういうの慣れてるのかなーと思って、それで私、私もあえて確認はしなかったんですけど……」


 スピカだけが、何とも恥ずかしげに俯く。


「私も最初聞いたときは驚いたんですけど……一輝さんが普通にしてるのにこっちだけもじもじしても変かなーと思いまして……」


 スピカの呟きは後半に行くにつれ小さくなり、最後はほとんど消え入りそうになっていた。


「確認したいんだけど、この世界だとコレは普通なの? いろんな意味で」

「いいえ、違います。普通の寮は男女別ですし、男女とも互いの寮には出入り禁止ですし、二人一部屋でつかうマンションみたいな建物になってます」


 極めて常識的な話だった。自分の常識がぎりぎり通用していると知って、一輝はやや安心しつつ先を聞く。


「ここみたいなのは、特別な『クラス寮』っていう施設なんです。本来はもっと年上の学生が、それぞれ目的別に特化した研究や共同任務に当たるクラスで使用するものです。訓練官志望や研究員志望クラスなんかのためのもので……通常は十八歳以下の学生が入居はしないんです」

「なら一体どうして」

「最初は私たちも普通の寮で暮らしてたんですけど、マリーチャ・クラスが編成されてから一年半の間に女子寮が三度半壊したり、寮生共同公園が火の海と化したり、ドロレスの同居人がいつの間にか改造人間ヒーローになってたりして……」


 説明するスピカの声が、またもどんどんと小さくなっていく。


「あとはフェーリスが寝ぼけてしょっちゅう男子寮に入り込んだり、アリーシャの――ファン……かな。それが集まってきて迷惑になったり」

「ファン……?」

「ええ、その、そういうのがいるんですよ。で、とにもかくにも迷惑すぎると苦情が山ほどミトラ学園の運営陣に寄せられまして」

「それで、特別にここが与えられたんですよ」


 アリーシャがまとめる。


「もっとそまつな、犬小屋でも与えとけって声はあったらしいけどねー」


 ドロレスがマヨでがびがびになった髪を手でいじりつつ言う。


「マリーチャ・クラスは皆優秀だし若年で色んな任務にだって出てるから技能面での評価は高くて、技能・成績面と素行面のどちらを優先すべきか三日三晩の議論があった挙句、こういう待遇になったって話」

「ああそうか常識人そっち側に偏ってるのかー」


 ドロレスの話に、一輝は深刻な顔でそう理解した。


「さあ、ここまで来て立ち話する理由もありません。入りましょう」


 アリーシャが、皆を先導して洋館――クラス寮の玄関へと近づき、扉を開く。


「まずいと思うんだけどなあ」


 ぼやく一輝に、先に玄関に上がって靴を脱ぎ(日本式らしい)、皆の室内履きのスリッパらしきものを用意しつつ、アリーシャが「大丈夫ですよ」と呟いた。


「マリーチャ先生もこの頃はずっと、教員寮に帰らずここに入り浸ってますから。いわば監督者つきです」

「ますます不安になってきたよ」


 皆の「先生」の格好とむやみやたらな美貌を思い出し、嘆息する。

 室内はおおむね外観から予測されたとおりのものだった。小洒落た家具がやや豪勢に並べれられており、寮というよりは保養地のホテルに近い。

 一階はキッチンにダイニングルーム、リビングのような談話室のようなあるいは娯楽室のような部屋が配置されており、バスルームも完備されていた。

 三階は半分屋根裏で倉庫になっており、二階が主に各人の部屋になっているらしい。個室は全部で六部屋あり、その内一つが一輝にもあてがわれた。

 部屋には最低限の生活必需品――石鹸類や歯ブラシらしきなにか、それにシンプルなシャツやズボンといった衣服が数セット、更にはスピカたちと同じミトラ学園の男子用だろう、制服まで用意されていた。


(縫製技術……っていうのかな。地球とあんまり変わらないみたいだ)


 確認して、安堵しつつももやもやとする。異世界で魔法みたいな力があって漫画みたいな奇妙な学園だが、妙に色々と文明レベルが高い。もしかすればそれは、チート能力のせいかもしれなかった。

 とにもかくにもからしマヨのせいで、何より先にドロレス、スピカ、一輝の順で湯を浴びることになった。手際よく短時間でアリーシャが準備を済ますと、ドロレスもスピカも素早く身体を洗って出てくる。


「お先にどもです。一輝さん、後回しですみません」


 スピカがバスルームから出て、薄布の部屋着らしきものに着替えた格好で一輝に言う。風呂上りのほんのり赤みがかった肌も濡れてつややかな色になった髪も温かく香る仄かなボディソープの香りも、全て新鮮さのある魅力のようなものを感じさせる。

 それだけに、厄介だな、と一輝は感じながら、交代で湯浴みに入った。


(姉さんと暮らすのとはわけが違うからなあ……)


 シャワー(これはこの異世界でもまんまシャワーだった)を浴びつつ、そう考える。かつての震災で亡くなった姉だが、少なくとも子供の頃一緒に暮らした限りではあまり問題なかった。赤の他人の少女たちと同じ建物で暮らすのとは、わけが違う。

 湯から上がってしばらく自室でぐったりしていると、一時間ほど経ってから急に一階が騒がしくなった。


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