13 多分性格の問題
「あああああ……」
一輝の隣で、なにやら物凄く微妙な表情で、スピカがうめいていた。両手で顔を覆って、今にもしゃがみこみそうになっている。
一輝はとりあえず自分の制服(軟禁されている間に洗濯されて解放前に戻ってきた、高校の制服だ)からハンカチを取り出し、マヨネーズの欠片が頬や首下についてしまっているスピカに手渡しながら目の前の出来事を注視し続けていた。
ジニアたち四人は、着弾の衝撃とおぞましいまでのマヨネーズ圧に、全員が転倒していた。激しくむせながらのた打ち回っている。どうやらからし入りマヨネーズだったらしい。
そんな地獄絵図の中で。
「ふっふっふ……」
ミサイルの残骸とマヨネーズの固まりの中から、声が聞こえていた。先ほどの叫びと同じ声質で、高く、幼い少女の声だった。
じゅるぶちゃ、と盛大に音を立てながら、何かが立ち上がった。マヨネーズまみれでぐちゃぐちゃだが、それでも立ち上がったおかげで大分マヨが落ち、姿が露わになる。
「女の子?」
一輝が呟いた。マヨネーズから立ち上がったのは、確かに言葉通り、女の子だった。まだ小学校の高学年くらいだろうか。小さく細く、いかにも小さな女の子、といった感じではある。スピカたちと同じ学園の制服を着ており(マヨネーズ塗れだ)、物凄く無茶苦茶なカットの、しかしなぜか愛らしく見えてしまうピンク色のショートカットの髪(マヨネーズ塗れだ)がひどく目立つ。
少女は、腰に手を当て天を仰ぎ見て、けたたましく哄笑を上げた
「ふっふんっふっふんっはっはっはアーっはっはっハァ! あーっはっはんぐ、げ、んぐ、げぼごぼ……」
そのまま喉にマヨネーズが流れ込み、盛大にむせる。
「見た、んがふごふ、見たか愚かなりし未開の野蛮人どもめっがはっごっふ! この私ドロレス・ミストが最新傑作暴徒鎮圧用……んんががが、がは、げへげほ……」
あんまりにもあんまりだったので、一輝は少女に近づき(なんか何もかもべちゃべちゃで物凄く嫌だったが)背中をさすりながら落ち着いて声をかけた。
「一回落ち着いてからしゃべりなよ」
「おおぉ……確かに名案、かつ合理的……ただの民草にしては聡明……」
震えながら何度か咳を繰り返し、落ち着いてから再度、少女――ドロレスは背筋を伸ばして決めポーズをとった。
「ドロレス・ミストが最新作ゥ! 暴徒鎮圧用えげつなミサイル! ちなみにマヨネーズに関してはどこからか充填した期限切れのものだから、環境とかその辺にも優しいエコ仕様! おまけにまかり間違って飲み下そうものなら期限切れだし深刻な食中毒につながりかねないから、兵器としての破壊力も兼ねていて、一石二鳥! ああもうドロレスさん天才ですねいやいやそんなことないざんすちょびっと脅威の超天才なだけでー! あれ、でもこれ私も飲んじゃったな。なんでミサイルに乗ったりしたんだろ。天才だからかー!」
「いろんな意味で確かにえげつないなぁ、もう」
一人二役で自画自賛を始める少女の前で、一輝は顔をしかめて身体にかかったマヨを払い落とす。
「ドロレス……」
ふらふらと、歩み寄りながらスピカが苦いものを飲み下した顔で呟く。
「知り合い?」
尋ねると、彼女はこくりと頷いた。涙目でマヨネーズをふき取りながら。
「うちのクラスの最年少メンバー。優秀なんだけど、問題児で……もう嫌ほど分かったとは思うけど」
「私もいますよ」
出し抜けに、スピカの背後から人影が現われ、穏やかな声音でそう宣言した。
「アリーシャ!」
スピカが振り向いて名前らしきものを呼ぶ。
一輝もつられて振り向くと、そこにはまたも少女が立っていた。
だがこちらの少女は、一輝と同年かもう少し年上らしく見える。フェーリスと同じくらいか。古風なメイドのお仕着せとドレスを混ぜたような、控えめながらも煌びやかな衣装を身にまとっている。
そして、そんな衣装が気にもならないほどの、美女だった。スピカともフェーリスともマリーチャとも異なる方向性の――隙のない、万人の目を縫いとめるような全方位的な美人だった。
慈愛に満ちた瞳と、曇り一つない氷から紡がれたような細く癖のない髪は両方青く、それこそ本当に極地や永久凍土に堆積した氷のような色合いだった。
腰ほどまで伸びた髪の間から覗く顔も首もそれが計算しつくされて作られた人形ではないのだと納得することの難しい芸術的なラインを描いている。
極大の慈しみによって醸成されているのであろう微笑を一輝とスピカに向けて、彼女はゆっくり二人に近づいていた。
「お二人の到着が遅いので外を覗きましたら、厄介に巻き込まれているようでしたので。急遽、駆けつけてまいりました」
言いながら彼女は一輝の目の前までつかつかと歩み寄ると、ロングスカートからハンカチを取り出して、一輝の頬に当てた。
「あらあらまあまあ、これは、お風呂の用意もしておいたほうが良さそうですね」
間近に迫られて硬直した一輝に構わず、彼女、アリーシャは次々に一輝の手をとったり襟元を開いたりして、マヨをふき取っていく。
「い、いや、ちょっと?」
「はい、終わりましたよ。ああ、自己紹介を先にするべきでしたね。私はアリーシャ。アリーシャ・ジュノ。一輝さんが編入するマリーチャ・クラスの一員です」
「えーと……」
もはや展開についていけずに視線を彷徨わせる。
と、そんな一輝たちの後ろでずっとむせこんだり目に入ったからしマヨ(期限切れ)に苦しんでいたジニアたちがようやく復活し、よろよろと立ち上がっていた。
「貴様ら……許さんぞ、あらゆる意味でぇ……」
ちょっぴり涙声で、そんなことを口走る。
一輝としてはほとんど彼女らに同情しかけたが、しかしまたも戦闘になるならばそうも言っていられない。身を硬くして相手の動きに備える――が。
「下がってください。ジニア・ウーズ」
アリーシャがジニアに目をやり、同時にそう命じた。
その声をきっかけとしていたのかなんなのか、タイミングを合わせたようにアリーシャの周囲の空間が歪み、景色がそれにあわせて捻じ曲がった。
すぐにその歪みは元に戻り解消される。ただ、それまで存在していなかったものが、四つ、浮かんでいた。
大きさはバレーボールほどか――光り輝く、赤と緑と青と黄の四色のボール状の物体だ。
現われてすぐに、そのボールからにょっきりと手足の様な短い何かが生えた。一輝が驚いていると、さらにそれぞれのボールの表面に目や口や鼻のようなものまで現われる。
印象としては、顔と手足だけにデフォルメしたなにかのキャラクターのようだった。子供向けのアニメかゲームにでも出てきそうな。
「これ以上やるというなら、私も加勢します。私とドロレス、それにスピカさんまで相手にして、あなた方はまだこの小競り合いを続けたいと思いますか?」
静かに、あくまで穏やかに。重みを持った言葉が、アリーシャからジニアたちに投げられる。彼女の周囲に浮かんだ四色の物体は、浮遊しながら時折何かを小さく放射していた。炎や、水滴や、微風や、結晶化した土の欠片などを。
驚いたことに、ボールたちはそれぞれ、声を発した。アリーシャの言葉に追随するように、一人(?)一言ずつジニアたちに言葉を放っていく。
『さっさと帰ってクソして寝ろ!』『いきがってんじゃねぇぞメスガキども!』『オラさっさと退かんかいチンパン頭四人組がァ!』『白濁した粘性の液体塗れの今のお前ら写真にとって無意味に卑猥なキャプションつけて学内にばら撒くぞコラァ!』
怒涛の勢いで、罵倒していく。
「……四神霊です。水のパリアカカ、火のワリャリョ、風のアネモイ、土のパチャママ。アリーシャのチートによって現出する、強力な有意識超常存在です」
そっと一輝の手を引いて下がらせながら、スピカが説明した。
「めったくそ口悪いみたいだけど」
「それは多分神霊自身の性格の問題、かなぁ?」
やや自信なさげに、スピカは首をかしげた。
「お、アリーシャちゃんやる気だね! なんらわたしもそぉれ!」
マヨ塗れのドロレスが声をあげ、両腕をその場で振りかざした。
その動作に呼応したのかどうなのか、ともかく、彼女の左右の手の周りに、奇妙なものが出現する。半透明の、光を放つ多面体だ。
細かな、様々な図形の組み合わさった多面体は複雑に折り重なり、形状をどんどんと整えていく。一輝はそれを目にして、咄嗟に連想した。
(ポリゴンモデルだ)
テクスチャーを張っていない、3Dモデル――ゲームの開発映像などでよく見るそれに、ドロレスが出現させているものはよく似ていた。
ものの一秒半ほどで、その立体像は組みあがり、最後に一際強く光った。光が収まると、ドロレスの両手には巨大な水鉄砲のようなものが握られていた。大きな液体入りのタンクが取り付けられた、ライフルのような形状のそれを構えて、ドロレスが威勢よく言い放つ。
「おお、出た出た! これはなんとも怪作、よく分からない虫の汁鉄砲! いつか使ってみたかったんだよねー、コレ。撃たれるとひたすら気持ち悪くてやるせない気持ちになるよー」
透明なタンクの中の濁った緑色の液体をちゃぷちゃぷさせつつ狙いをつけている。
「ドロレスは――その、説明が難しいんですけど、空間上へ物理構造体のデジタル立体プリントを行えるんです。記憶の中にいくつも設計図を溜め込んでいて、それを投射して実体化させるっていうか」
「へえ……ゲテモノが立て続けに使われてるみたいだけど」
「それは多分性格の問題、かなぁ……?」
かなり自信なさげに首をかしげて、説明していたスピカがうめく。
「さあ、どうします?」
アリーシャがもう一度、問う。
ジニアたちは仲間同士で目配せをし、迷と悔しさを存分に滲ませた声で、答えた。
「分かった……下がろう」
構えを解いて、マヨ地獄から離れて下がる。じりじりと何歩か後ずさった後で、意を決したようにくるりと背を向け、走って離れていく。
彼女らの姿がすっかり見えなくなってから。
「何とかなった、のか」
一輝は呟き、肩の力を抜いた。




