15 夜這いとかしなけりゃ大丈夫
木製のこれまた優美なデザインの階段を下りて階下に赴くと、どうやらフェーリスが帰ってきたようだった。
「あ、一輝。ごめんちょっと遅くなっちゃった。あと、私もここ住んでるから、よろしくねー」
ダイニングに立っていたフェーリスが一輝に気づき、振り向きざまに言う。いつの間にやらこちらも胸元にフリルのようなもののついた白のドレスシャツに着替えていた。
「スピカたちから聞いてる。こっちも……まあ、よろしく。っていうかさ」
ここで一度聞いておいたほうがいいだろうと考え、一輝は口を開いた。声を潜めて、なるべくフェーリスにだけ聞こえるように。
「今更聞くのもどうかとは思うんだけど、ほんとにいいのかな」
「いいって、なにが?」
「俺が、ここに住むってこと。フェーリスは、拒否感とかないの?」
訊くと、一度きょとんとした顔をみせてから、彼女はにぃ、と面白げに目を細めて笑った。
「あーそゆことかぁ。うぅん、私は気にしないかな。一輝あんまり超暴食暴虐肉食い散らかし魔獣系男子じゃなさそうだし」
「その系がどういう系なのかは全く理解できそうにないけど」
くっくっと喉の奥を鳴らしてフェーリスは笑い、付け加えた。
「皆か弱い乙女じゃないしさ。ドロレスはあんなんだし、アリーシャはもともと相手がまともなら万人に慈愛振りまいてるようなのだし……スピカはすこし恥ずかしがってるみたいだけど。でも、気にかかってるっていうか――割と悪くは思ってないみたいだしね、スピカもさ」
「悪く思ってない?」
聞き返すと、更にフェーリスは何か面白くて仕方ないらしく、笑みを深くした。
「そ。あの子誰にでも丁寧な感じだけど、案外人には懐きにくいんだよね。そのくせ一輝には早懐きだよ。最初に私と会ったときより早いかも。すこーしジェラシーだなー」
「そう……なの?」
「そうだよ。だから心配要らないんじゃないかな。私もスピカがそんな感じだからってわけじゃないけど、一輝はどっちかって言えば歓迎したいと思うよ」
「それは、有難う、だけど」
「私たちアルドなんてどっかずれた人間ばかりだからさ。まともなスピカにとってみれば一輝みたいな人ってむしろいてくれたほうが良いのかも。あと、一輝、これ忘れてるのかもしれないけどさ」
「何を?」
「最初に会ったとき、死ぬかもしんないのにスピカと私、庇おうとしたでしょ」
「ああ……あれはほんともう、思い返せば恥ずかしいとしか」
スピカもフェーリスも、少なくとも地球の男子高校生よりはよほど荒事慣れした存在であることくらいは既に一輝も理解していた。あの時あんな無茶をせずとも、二人とも余裕で切り抜けられたに違いない。
が、フェーリスは首を横に振った。
「はじめて転移して、わけわかんない状況でさ。あれは、良かったと思うな。私は。それにスピカも、絶対そう思ってる」
「俺は……」
咄嗟のことでしかなかった。フェーリスが言うような大層なことであるかは分からなかった。
「心配しないで胸張ってればいいよ。マリーチャ・クラスは懐が広いからね。夜這いとかしなけりゃ大丈夫」
「それはしないよ」
「え。断言できるんだ」
「そこ意外かな」
言うとフェーリスは複雑な顔になったが、すぐに考えるのをやめたようで、ぱっと明るさを戻して、一輝の肩を元気よく叩いた。
「まあ気にしない。あと今更ここに住んでいいかどうかなんてことも言い出さない!」
「今更ってどういう――」
「だってもう、準備しちゃってるし」
あっけらかんと言ってフェーリスはダイニングルームの壁の一角、キッチンのほうに顔を向けた。見れば、そこには大量の食材が調理途中で山積みになっていた。
「ニュービー一輝の歓迎用だよ。急なことだったからさっき買い込んできたんだけどさ」
言われて、すぐに思い当たる。フェーリスはスピカと共に一輝を迎えに来たとき、「ついで」だと言っていた。
「あれ、フェーリスが?」
「そそ。気が利くでしょう、ほれほれ褒めてもいいのですぞー。ま、ここの学生のご多分に漏れず、私もそうお金持ちじゃないからそれなりの食材だけどさ」
「ありがとう。素直に嬉しい」
偽りない感情だった。だがフェーリスは「照れるからやめんさいよー」と一輝の肩を掴んで、リビングへと押しやった。
「疲れてるでしょ、まだ慣れなくてさ。夕食までゆっくりしてなよ」
そう言ってキッチンへと向かうフェーリスに、いろいろな意味での安堵を覚えて、一輝はリビングのソファーに深く腰掛けた。
夕食は、小さなパーティーのようなものになった。
アリーシャとフェーリスが用意した食事は品数が多く見た目にも豪華なもので、スピカやドロレスもそのメニューを見て歓声を上げていた。
鶏肉 (のようなもの)のローストに、たっぷりと具の入ったシチュー(のようなもの)、パンチェッタの混ざったサラダ(のような以下略)などなど……更には、ラベルの貼られたボトルまで食卓に上がった。果実酒のような瓶ではあったが、中身は上質な果汁ジュースでしかなく、しかし何故かフェーリスなどは頬を赤くして気分よく飲んでいた。
新参者として緊張していた一輝も、次第に身体の硬さを忘れてゆったりと食事を楽しんだ。
そうしているうちに夜が更け、初めての、軟禁生活ではない人心地つく環境での夜を、一輝は迎えた。ラストリエールで……ミトラ学園で。
昼の乱闘騒ぎのことや、その他気疲れもあり眠りは一旦身を任せてしまえば深く濃いものとなった。
はっきりとした夢は見なかった。が、時折眠りの暗さの中に、昴の顔が浮かんだ。一年前から記憶の中では変化していない昴。うなされそうにもなったが、しかしすぐにそれは治まった。
スピカの声や、笑みを、同時にまどろみの中に見たからだった。
そうして眠り続け、朝日が窓からこぼれ――目を細く開く。
と、一輝は目の前に何か暖かな体温があることに気がついた。
(体温?)
自分自身の内心の感覚に疑問を覚えて、しっかりと瞼を開ける。
彼の目の前にあったのは、フェーリスの馬鹿みたいに穏やかな寝顔だった。




