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箱庭シンドローム  作者: 彩音
1章 空白の記憶~Diary~
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第一章 空白の記憶~Diary~ 6話

どうして。なんで・・・・あのナイフに似たナイフが今ここにあるんでしょう?



それに・・・このクロークさんは本当に、あの病院で見たクロークさんなのでしょうか?





まるで・・・いえ、本当に・・・人ではないみたいです。




だって、身体中の皮膚が黒いし、耳はとんがっているし、

口は裂けているし、目は赤いし・・・黒い翼が生えていて・・・・




そう、まるで、それは人というよりは・・・悪魔のようでした。




「・・・・お前・・・・.悪魔だったのか?お前が全部・・・・仕組んだのか?」



「・・・僕もさ、あの丹精込めて作ったモンスターがすぐに動きが止まるとは考えてなかったんだ。

そこだけが計算外だよ・・・。本当はあいつらでアレクを殺すつもりだったんだけど・・・。

うーん、準備を急ぎすぎたのがいけなかったのかな・・・・。

おかげで、あのハリボテなロボットしか残らなくて・・・・

あれはただの囮だから耐久性低めに作ったのがよくなかったね。失敗したかな。」



クロークさんは、そういいながら軽く首をかしげました。

まるで、今夜の晩御飯の味付けのことを言っているかのような軽さで・・・・全てが異常な雰囲気でした。



「・・・・どうして、悪魔がこの世にいるんだ・・・。

悪魔は10年前いなくなったんじゃないのか?

それに、お前はどうして、悪魔に魂を売ったんだ!」



アレクサンダーはただ行き場のない怒りを自分にぶつけるように叫びます。



「それは・・・・アレクが「勇者様」だからかな。

「街のお医者さん」もそれはそれで立派な職業だと思うだろう?

でも・・・流石に「勇者様」の栄光には勝てない。

しかもそれが幼馴染にいるとなると・・・常に比較の対象にされていたんだ。」



わたしは、二人の関係をよく知りませんし、

クロークさんが今までどんな人生を歩んでいたのか分かりません。




だけど・・・そう言ったクロークさんは・・・ただ、そこに虚無があるだけでした。




彼にここまでの虚無感を与えるような出来事が、きっとあったのでしょう。




彼は今、「加害者」の立場ですが・・・同時に「被害者」の立場でもあるのです。




だから、きっと・・・・悪魔という恐ろしい力を手に入れてしまったのでしょう。





それが彼の希望であり・・・救いの光に見えたから、きっと・・・・・





「分かるかな?世界を救った英雄さんと常に比較される人生を送る気持ちが!

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと・・・・僕は君が憎くて、憎くて・・・・しょうがなかったんだ!!

だけど、今、神はやっとチャンスをくれたんだ・・・。そう、アレク。君を葬り去るチャンスをね・・・・」




クロークさんはねっとりと笑いました。




アレクサンダーさんは、ただ辛そうにクロークさんを見つめてました。




「さあ、こんな茶番はもうおしまいだ。

武器を置いて、ひざまずくんだ。

・・・そうでなければ、ノー村の悲劇は永遠に真相が分からなくなるぞ。」




クロークさんは、ぐっとわたしを締め付ける力を強めました。




「・・・分かったよ。」




それだけを言うと、アレクサンダーさんは剣を捨て、クロークさんにひざまずきます。




「あははは!いい気分!最高だよ!ずっとこの時を待っていたんだ!」




クロークさんは歓喜の高笑いを浮かべます。





絶体絶命のピンチ・・・・。




このまま、放っておけば・・・・アレクサンダーさんは・・・・。





―――いい?敵にあっても、絶対に「言霊」を使っては駄目だよ?



わたしは、ロビンさんの言葉を思い出して、ぐっと声をあげたいのを我慢します。



―――幸い、敵は「マグノリアちゃんが言霊を使える」ということを知らないはずだ。

それを知ったら、真っ先に君を殺しに来るだろうから。

だから、「言霊」は「最後の切り札」にとっておく。



―――でも、「もしも」の時はどうするんですか?



―――僕もなるべく早くそっちに向かうけど・・・・一応トミーの「隠し機能」を使うことにするよ。



―――「隠し機能」ですか?



―――そう。こうやってトミーに新しい魔方陣を書いておいて・・・・っと。

この状態になると、トミーの聞いた音は全部僕に転送されるんだ。

・・・まあ、聞くだけでこっちからは発信できないんだけど。

これなら、そっちの状況も分かるから。



―――えーっと、「電話」みたいなものですか?



―――聞く専門だけどね。まあ、後は僕に任せてよ!ピンチになったら、すっ飛んでいくから!





・・・・ロビンさんは、そう言ってました。





トミーは、わたしがクロークさんに捕まる直前に、上空に飛んでいて・・・

今は廃墟の影からずっとこの会話を聞いているはずです。




だから、そう・・・ロビンさんは絶対間に合うはずなんです。





クロークさんは、ナイフを持ち上げ、アレクサンダーさんの身体に振り下ろそうとした、その時でした。





しゅっとツルのようなものがのびてきて、クロークさんの腕を掴みました。




「・・・・・何だと?」



「全く、来るのがおせーんだよ。」



足元でアレクサンダーさんがぼそりと呟きました。



「遅いって言われたってしょうがないじゃん!

あたしだって、色々な準備ってものをしていたんだからね!」



ロビンさんです。



ロビンさんのひょうきんな声が上空から聞こえてきました。




「ロビンさん!」



そこには、ふわふわと杖に乗って浮かぶロビンさんがいました。



「ふふっ!間に合ったみたいで良かったー!

しかも、一番ベストタイミングじゃん!あたしって天才っ!どやっ!」



そう言いながらロビンさんは地上に降り立ちました。



「さてと・・・まずはマグノリアちゃんを助けないとねー。」



と、そう言って、杖を三回地面に叩き、

もう反対側からもツルが伸びてきて、クロークさんのもう片方の腕を掴みました。


すると、わたしを押さえていた腕が緩み、抜け出すことが出来ました。


わたしは、ロビンさんの元へ駆け寄ります。



その間にアレクサンダーさんが足元の武器を取って、クロークさんを攻撃し、気絶させました。



「今よ!マグノリアちゃん!必殺技!」



「は、はい・・・・で、でも、ロビンさん・・・わたしは何をすれば?」



「ああ、ごめんね!

あのね、今の人間の魔法技術じゃ悪魔に憑かれた人間の悪魔を祓うことは出来ないんだー。

悪魔から助けるには殺すしかないんだけど、言霊なら殺さずに祓うことができるからさ・・・」



「そうなんですね。

それでは・・・・悪魔さん!クロークさんの身体から出て行って下さい!!」



わたしがそういうと、クロークさんは絶叫しながら、どんどんと身体の色や形が元に戻って行きました。


そして、クロークさんが完全に人に戻った瞬間、悪魔がクロークさんの身体から出てきました。



「オノレ・・・・お前は・・:言霊使いだったのか!」



悪魔はいまいましそうにわたしを睨みつけませんが、わたしはちっとも怖くありません。

アレクサンダーさんが、既に悪魔の後ろに回り込んでいて、剣で斬りつけたからです。



「うおおおおおおお!」



悪魔は凄まじい声で絶叫し・・・そして、消えて行きました。



「・・・これで、全部・・・終わったんですよね?」



「まあね。」



ロビンさんが小さくため息を付きながら、うなづきました。



「あの・・・・ロビンさん。悪魔になった人は・・・どうなるんでしょうか?

悪魔になったということは、それなりの理由があったんですよね?

また・・・悪魔になることはあるんですか?」



「うーん、そうだねー・・・・。


悪魔っていうのはさぁ・・・誰の心にもいるもんなんだよねー。

不満とかたまると、心の中で嫌な声がするじゃん?それが人の心に住む悪魔なのさ。


悪魔はね・・・人の心に住む悪魔に加勢しているだけに過ぎないんだよね。

だから、完全に悪魔がいなくなったわけではなくて・・・

極端に闇が多かった心のバランスを正常な範囲内に戻しただけだから・・


また悪魔になってしまう可能性はあるかな。」



「でも・・・そしたら・・・。クロークさんは、どうなるんですか?

また悪魔に出会ったら、心を売ってしまうんですか?」



確かに、クロークさんは悪魔に心を売って、許されないようなことをしようとしました。




でも、クロークさんは最初から売りたくて悪魔に売ったわけではないはずです。




きっと、彼の人生にも色々なことがあって・・・・・・

そういう気持ちになってしまった。ただ、それだけなんです。



だから、クロークさんは悪いことをしようとしたけど、それは、彼だけの責任ではないはずなんです。



「うーん・・・僕には分からないかな。

それは、彼次第だよ。残念だけど、そこまでは干渉できない。

魔法では人の心は変わらない。それがたとえ、「言霊」であってもね。」



ロビンさんはそう言って、苦笑いをしました。



「う・・・・」



クロークさんがうめき声を立てながら、目を覚ましました。



「おい、大丈夫か?」



アレクサンダーさんが、しゃがみ込んでクロークさんの顔を覗き込みます。



「・・・はあ。ひどい屈辱だ。まさか・・・復讐したかった相手に助けられる・・・なんてね。」



クロークさんはそう言いながら自虐のような笑みを浮かべます。


アレクサンダーさんは、何も言わずに神妙にじっとクロークさんを見ていました。



「・・・・何がそこまで・・・・お前を追い詰めたんだ。俺・・・だったのか?」



アレクサンダーさんは、とても辛そうに目を伏せました。



「まあ、それは半分くらいかな。

僕はさ・・・産まれてからずっと、両親に立派な大人になるように言われて・・・その為だけに頑張ってきたんだ。


だから・・・昔からずっと、アレクが羨ましかった。

子供らしく、自由に動き回る君が眩しかった。

家に帰れば・・・僕は勉強するしかなかったんだ。そうしなければ、僕は食事を貰えなかったから。


医師という職業に憧れて・・・目指したいと思った気持ちは本物だったけれど・・・

今となっては、それは、親の刷り込みによるものだったのかも・・・」



クロークさんは小さくため息をついて、自虐ぎみに笑いました。



「いざ大人になってみれば・・・。幼馴染は世界を救った英雄になっているし・・・・。

街の人は皆君を英雄だと呼んだ。でも、僕はただの医者だ。

両親には実家に帰るたびにいつも、何で魔王退治に一緒に行かなかったのか責められたよ。


・・・当時は絶対に追いかけるなと釘を刺していたのにね。

街の人も僕には「幼馴染が英雄の可哀想な人」という同情を送っていて・・・

いつしか、僕は・・・アレクを怨むようになったんだ。」



クロークさんはただ眈々と語りました。



まるで・・・死ぬ前の人のように、眈々と何の感情も込めずに、全部終わったことのように・・・



「だから・・・アレクが悪いわけじゃない。

全部・・・僕の勝手な嫉妬と羨望と憧れなんだ・・・。

我ながら滑稽だと思うよ。こんなことで、こんなことをしてしまうのだから・・・。」



「そうか。」



アレクサンダーさんはただ、静かにうなづきました。



そこには、同情も、憐れみも・・・同意もなく、ただ全てを受け止めたような、そういう顔でした。




「話は聞かせてもらったぞ。」



カツカツと事務的な足音と共に、騎士のような人達がたくさんでてきました。

何時の間にかわたしたちを包囲してしまっているようです。



「よくやった、勇者よ。おかげで反逆者を捕らえることができる。

それから・・・まだ残っていた忌々しい言霊使いも見つけることができた。」



騎士は、どこまでも高圧的な態度でそう言いました。



「・・・ったく。こんな時に・・・」



アレクサンダーさんは、大きなため息をつきます。



「それから・・・ロビン。どうしてお前がここにいるんだ?ちゃんと外出許可は取っているのか?」



と、じろり、と牽制のように騎士はロビンさんを睨みつけました。



「はあー。やだやだ。ちょっと面倒なことになりそうね。」



そう言って、ロビンさんは、杖を五回地面に叩きました。


何か粉のようなものが、空から舞い落ちてきて、騎士達が次々と眠りはじめました。



「・・・ロビンさん、これは?」



「眠り粉と・・・記憶の制御の粉を混ぜてみたのよー。

騎士さん達にはあたしたちのことは忘れて貰うわ。

いやー、事前に杖に魔法を仕込んでおいて良かったー。」



「おい、今のうちに逃げるぞ。」



アレクサンダーさんがわたしたちの元にまで歩いていきます。



「え、でも、クロークさんは・・・」



「残念だけど・・・クロークさんが犯人だって分からなかったから、

クロークさんが犯人って記憶はそのまま残るわ。」



「ええっ?ロビンさん!何とかならないんですか?」



「いいんだ。」



クロークさんは静かにわたしを見て言いました。



「いくら記憶を誤魔化した所で犯した罪は消えない・・・。

最初から、全部終わったら償うつもりだったんだ。」



そう言って、クロークさんは穏やかに笑いました。



「マグノリアさん、元気で。アレクのことを宜しく。

アレク、ちょっと最近タバコを吸いすぎだから、あまり吸わないように言ってやって。」



クロークさんは静かに笑って、手を振りました。




わたしが見た、その姿は・・・病院で見た優しいお医者さんだった・・・彼の姿でした。




アレクサンダーさんは、それを見て、黙って歩き出します。



ロビンさんも廃墟の影からトミーをよんで、それに続きました。






わたしは、何度も、何度も、振り返りながら、ノルディックタウンを後にしました。




----------------------------



―――あの事件から数日後、僕は囚われの身となった。



自分が犯したことはよく分かっているし、逃げも隠れもする気はない。

どんな刑だって受け入れる、そういう覚悟で悪魔と契約したから、今はとても穏やかな気分だ。



そんな僕の元に、面会を希望する人がいた。



両親でさえ、あの事件から連絡一本も寄越さないというのに誰だろう、と首をかしげながら僕は面会室へ向かう。



―――そこには、トルーテさんが座っていた。



「久しぶりね、クロークちゃん。娘が亡くなって以来かしら・・・。」



トルーテさんは、そう言って、悲しげに笑った。



「・・・・そう、ですね。」



彼女と会うのは、彼女の娘の葬式以来だ。

ふくよかな身体は相変わらずだが、しばらく見ない間にひどく老け込んだような気がする。



「まさか・・・・クロークちゃんが、あんなことをするなんて思わなかったわ。

だって・・・貴方は・・・どんな医者も匙を投げたあたしの娘を・・

最後まで面倒を見てくれたたった一人のお医者さんだったのに・・・」




「・・・・昔の話、ですよ。」



「そんなことないわ。あたしにとっては、ごく最近のことよ。」



もうあれから3年が経つというのに・・・・トルーテさんの時間はあの時のままだったのだろうか。




・・・・いや、それは・・・ある意味でお互い様なのかもしれない。




「・・・でも。あたしの時間が止まっていたせいで・・・

あたしは、クロークちゃんの変化に気づけなかった。ごめんなさいね・・・・。」



「・・・・トルーテさんは、悪くないですよ。」



「ううん。あたし、娘にクロークちゃんのことを宜しくと言われていたのよ。

悲しみに囚われて・・・前に進めなかったあたしも悪いわ。」



クロークさんはそう言って、首を横に振った。



「それに・・・あたし、クロークちゃんには感謝しているの。

貴方がいてくれたから、娘は幸せだったと思うわ。

短い間だったし・・・貴方には、とても辛い思いをさせてしまったけれど・・・・。」



昔の話だ。




確かに、短い間だったけど、僕は彼女と一緒にいた。




それは、甘くて、幸せで、全てが満たされていて・・・彼女さえいれば何もいらなかった時間。




永遠のようで、短かったあの時。




あの時、僕は確かに、医者という仕事にやりがいを感じていて、

アレクは憎くなくて・・・彼女を助けるために一生懸命頑張っていたんだ。







そこには、「医者」として、希望に満ちた毎日を送っていた時が、確かにあったんだ。






「そういえばね・・・。この間、やっと娘の遺品を整理しはじめたのよ。

それで・・・この手紙が見つかったの。貴方に、って。」



トルーテさんはバックから一通の手紙を出した。



白い封筒に彼女の小さくて丸い字で「クロークへ」と書かれていた。

僕は手紙を受け取って、読んでみる。




最初に治療を続けてくれた僕への感謝と、僕たちの思い出が綴ってあった。




読んで行くうちに胸がぐっと込み上げてきて、涙が勝手に零れ落ちる。




手紙を涙で濡らさぬよう、僕は慎重に読み進める。





―――最後に、本当に本当に・・・クロークには感謝してます。



クロークがいなかったら、きっと、あたしはこんなに幸せではなかった。

クロークがいたから、人を愛する事の素晴らしさをこの身で感じることができました。



ありがとう。



あたしは、もうすぐ天へと逝きます。




ごめんね。




本当は、もっともっと一緒にいたかったけれど・・・それは叶わないみたい。





赤ちゃんを作れなくて、ごめんね。




一人にさせてしまって、ごめんね。




あたしがいなくなっても・・・クロークが悲しまないように、不幸にならないように・・・

もし、そういう時が来ても、乗り越えられるように天国で見守ってます。



どうか・・・どうか・・・あたしのことは時々思い出してくれるだけでいいから、幸せになって。




これが、あたしの最後の願いです。




ありがとう。さようなら。





愛するクロークへ





セラフィーナ






手紙を丁寧に閉じ、封筒にしまっても、涙は止まらなかった。




どうして、なんで・・・こんなことをしてしまったんだろう。





自責と後悔の念が僕を支配する。





―――セラフィーナがいなくなるその時まで、僕は確かに、医者である自分に誇りを持っていたんだ。



幼馴染の偉業を、素直に祝福できたんだ。





―――だけど、セラフィーナが帰らぬ人となって、僕の世界はがらりと変わった。





僕は、僕であることを忘れてしまった。




何時の間にか、アレクが憎くなっていた。





それは、幼い頃からの羨望もあるかもしれない。




それと・・・アレクには、シーナがいたから。





あの日・・・ノー村が無くなった日。

アレクは真夜中に僕の病院のドアを叩いた。




―――真夜中に申し訳ない。

1人、患者を見て欲しいんだ。



そう訪ねてきたアレクの顔は真っ直ぐで・・・

いつもの面倒くさがりで無気力なアレクではなくて・・・


魔王を倒していたあの時の、次にやることを見据えている顔だった。




事情を聞くと、彼は故郷と・・最愛だった人を無くしたと言った。




だけど、アレクは悲しみに囚われてなかった。




ただ、前だけを見ていた。




―――僕は、そんな彼が羨ましくて、羨ましくて・・・嫉妬に感情が狂った。




僕の時間はあの時のままだというのに・・・どうして、彼は・・強く前を向けたのだろう。





その日、アレクが仮眠している時に僕の前に悪魔が現れた。





僕は、弱かったから・・・悪魔の甘美な言葉に乗せられて・・・契約したのだ。





もし、僕が彼のように強かったら・・・こんなことにならなかったというのに―――




「クロークちゃん・・・やり直しましょう。」



トルーテさんは僕の顔を覗き込んで、優しくも強い声で言った。



「セラフィーナも、きっと・・・それを望んでいるわ。でも、貴方なら、できるはずよ。

娘がいた頃の・・・優しいお医者さんに戻りましょう?あたしも、手伝うから。」



トルーテさんは、僕の手を優しく包み込んだ。



一瞬だけ、トルーテさんがセラフィーナに見えて、僕は、涙が止まらなかった。





・・・・また、やり直すことなんて出来るのだろうか。





・・・いや、弱音を吐いていたら、きっと彼女に怒られてしまう。






―――あたしがいなくなっても・・・クロークが悲しまないように、不幸にならないように・・・

もし、そういう時が来ても、乗り越えられるように天国で見守ってます。





セラフィーナ。こんなことになってしまったけど、君はまだ僕のことを見ているかい?





君のことだから、きっと、僕の幸せを信じていると思っている。そう、信じていいのかな。





全部罪を償って・・・また僕は、医者をやるよ。

今度は、できるだけ、誰も殺さないようにもっと腕を磨いて頑張るからさ。





見ていて欲しい。僕は、きっと、幸せになるから―――





-----------------------


ノルディックタウンを越えて、わたしたちは山の中を歩いていました。



「ねえ、アレクサンダーさん。本当に良かったんですか?・・・クロークさんを一人にしてしまって。」



「あいつなら、1人じゃない。それに・・大丈夫だろ。」



アレクサンダーさんは、真っ直ぐ前を見つめてます。




・・どうやら、アレクサンダーさんは信じているようですね。クロークさんのこと・・・・。




それなら、わたしも信じるだけです。




わたしよりも付き合いの長いアレクサンダーさんが、信じる、というのなら、大丈夫なんでしょう、きっと。





誰かが・・・何かが・・・きっと、暗闇にいる彼を救ってくれるはずです。





「あら、次の街が見えたわね。」



隣でロビンさんが、ほら、と言って街の見える方向を指差しました。



「あそこはねー、美味しいフルーツのお店があるのよー。マグノリアちゃん、一緒に行こうか!」



「うわぁ!行きます!行きます!」



「・・・お前ら、観光に行くわけじゃないんだぞ。

結局、ノルディックタウンで国境を超える準備ができなかったし、あの街で色々買わないと・・・」



と、アレクサンダーさんは面倒くさそうに、ぶつぶつと独り言を言います。



「郵便!郵便ダヨ!」



トミーが二通の手紙を持って、わたしたちの元に姿を現しました。



「あ!トミー!どこに行っていたんですか?」



「ちょっとノルディックタウンに置いてきたのよ。

ほら、時間もなかったし、トルーテさんに何も言えないままだったじゃない?だからちょっと書き置きをね・・・」



と、いたずらっぽくロビンさんは笑いました。


わたしは、トミーから手紙を受け取ります。



一通は、トルーテさんからわたしに宛てた手紙、

もう一通はクロークさんがアレクサンダーさんに宛てた手紙でした。


わたしはクロークさんの手紙をアレクサンダーさんに渡して、トルーテさんの手紙を読みます。



そこには、わたしに対して目を合わせなかったことを謝るということと・・・

落ち着いたらいつでも帰っておいでという、トルーテさんの優しい言葉が書かれてました。



わたしは、トルーテさんの娘でもないし、知り合いでもない・・・赤の他人だというのに・・・



少しだけ、目頭が熱くなります。



「アレクサンダーさん、クロークさんの手紙はどうでした?」



泣きたい気持ちを誤魔化したくて、わたしはアレクサンダーさんに聞きました。



「・・・・また医者をやれるように、頑張るってさ。」



アレクサンダーさんは少しだけ微笑みながら、手紙を封筒にしまいます。



――――そっかぁ。



わたしは空を見上げます。



空は、美しい青と、雲が芸術的な作品のように浮かんでました。




―――いつか、また、ノルディックタウンに戻れればいいな。



その時は、きっと、トルーテさんは美味しいクッキーをたくさん焼いてくれて、

クロークさんは、お医者さんに復帰しているはずです。



―――その時に、また、いろんな話ができますよね。




また、そういう時が・・・・・きますよね?





またそういう時が来るように、わたしは神様にお願いしました。






風に吹かれて、雲が動き出しました。






END

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