第一章 空白の記憶~Diary~ 3話
ノー村で一晩過ごし、わたしたちはノルディックタウンに戻ってきました。
「・・・・」
「・・・・」
村を出発してから、アレクサンダーさんは何も話してくれません、
わたしも、昨日のアレクサンダーさんの寝言が気になって、
何を言っていいのか、分からなくて・・・・微妙な空気になってます。
シーナさんって誰ですか?
すごく聞きたい、聞きたいけれど・・・
それを聞いてしまったら、もうアレクサンダーさんの側にいれない気がして。
声にならない声を、なんども、なんども、出しかけて、でも、聞けなくて・・・。
アレクサンダーさんはただ、眈々と道を歩いて行きます。
わたしの歩調に合わせる気のない、いつものペース。
いつものことなのに、なぜだか、不安が大きくなって・・・でも、肝心なことは何も聞けなくて。
二人とも無言のまま、アレクサンダーさんの足は宿屋で止まりました。
「トルーテさん、いますか?」
アレクサンダーさんが、宿屋のドアを開けて、カウンターから誰かを呼びました。
ばたばたばたという足音を立てて、カウンターの奥からふくよかな体をした婦人がでてきました。
「あら、アレクサンダーちゃんじゃない。どーしたのよ?」
「ちょっと頼みがあるんですけど・・・こいつをしばらく預かってくれませんか。」
アレクサンダーさんはわたしを指差しながらそう言いました。
・・・預かるということはここの宿屋にお世話になるということで・・・
アレクサンダーさんと別れてしまうということ?
何で。どうして。
わたしの頭はぐるぐると混乱しはじめます。
「ええっ!何でですか?わたし、何か、気に触ることしました?」
「ちょっと調べたいことがあるんだ。だから、お前はしばらくここにいろ。」
わたしが、慌ててアレクサンダーさんを問い詰めると、彼は面倒くさそうに理由を説明してくれました。
「でも、でも!調べたいことなら何かお役に立てるかも!」
「・・・記憶を失っているお前がか?」
呆れたようにアレクサンダーさんに言われて、わたしはちょっと凹んでしまいました。
それを言われると何も言い返せなくなってしまいます。
と、いうか・・・少しでもアレクサンダーさんの側にいたいというわたしの思いは全然気づいて貰えないみたいです。
・・・ううっ。切ないです。
でも、どうやら、嫌われたわけではなさそうですね。
アレクサンダーさんは事の顛末を簡単に婦人に説明しました。
「それじゃあ、俺は行くんで。二週間後には戻ってこれると思います。後は宜しくお願いします。」
説明が終わるなり、アレクサンダーさんはそう言って早足で宿屋を去って行きました。
記憶が失ってからずっと、アレクサンダーさんの元にいたので、
彼がいないととても寂しいですし・・・何をしていいのか分かりません。
置いていかれた子犬の気分というのは、こういう感じなのでしょうか。
「お嬢ちゃん、あんまり落ち込まないでよ。大丈夫、大丈夫。あの子は帰ってくるから。」
婦人がわたしの背中をぽんぽん叩いてわたしを励ましてくれました。
「あたしはこの宿の主人、トルーテ。お嬢ちゃんは何ていうんだい?」
「・・・マグノリアです。」
「そうかい、そうかい。アレクサンダーちゃんなら、
魔法都市ヘブンズセブンに行くって言っていたし、すぐ会いに行ける距離だからそんなに落ち込むなって!」
トルーテさんはそう言ってばんばんわたしの背中を叩きました。
「えーっと、その・・・魔法都市ってどこなんですか?」
「ああ、そうだった。あんたは記憶がないんだっけ?
ヘブンズセブンはね、ここから特急電車で二駅の所にあるんだよ。
この国の魔法使いとその家族が住んでいるから、魔法都市と呼ばれているのさ。」
「へぇー。そうなんですね・・・。でそこに何を調べに行くんでしょう?」
「さあねえ。おばちゃんも聞かなかったからね。
まあ、でも、たぶん、ロビンちゃんに会いに行くんじゃないかしら?」
ロビン?また聞いた事のない人の名前です。
アレクサンダーさんのお友達なんでしょうか?
「トルーテさん、そのロビンさんって誰ですか?」
「ああ、そうか。ごめんね。そうだね、ちょっとこっちにおいで。」
トルーテさんに手招きされて、わたしはトルーテさんの後を追って行きました。
トルーテさんは、ある部屋に入り、棚の上の写真を指差します。
・・その写真はアレクサンダーさん家で見た写真と同じ物でした。
「この写真はね、魔王を倒してこの街にあの子達が帰ってきた時に撮った写真なのよ。
左から三番目のとんがり帽子をかぶった子がロビンちゃんっていうのよー。
当時はまだ14でねぇ、天才魔法神童として有名な子だったのよー。」
トルーテさんが懐かしそうに当時のことを話してくれました。
写真の中のロビンさんは、ちょっと奇抜な格好をしています。
魔法使いっていつもこんな格好なんでしょうか?
よく分かりませんが、アレクサンダーさんがこの人の元に行ったというのはよくわかりました。
どうしてわたしも連れてもらえなかったのか・・・
ちょっと分かりませんが、きっとアレクサンダーさんには何か考えがあるはずです。
だから、わたしはこの場所で、トルーテさんのお役に立つことが仕事なのです!
「トルーテさん、ありがとうございます!!
あの、わたし、なんでもお手伝いしますので!
どんどん声をかけてください!」
「あらそう?悪いわねぇ。それじゃあ、お掃除から頼もうかしら・・・」
トルーテさんが、そう言いながらお部屋を出ました。
アレクサンダーさんがヘブンズセブンに行ってから3日がたちました。
わたしは、かなり宿屋の仕事を覚えてトルーテさんのお役に立ってます。
「マグノリアちゃん!ちょっと休憩にしましょうか。」
トルーテさんが洗濯物を取り込み終わったわたしに対して声をかけました。
「はーい!」
わたしは、トルーテさんのお部屋に向かいます。
そこには、クッキーとお茶が用意されてました。
「いただきます。」
わたしはクッキーを食べました。
トルーテさんはいつもこのクッキーを作ってくれて、休憩時間に出してます。
トルーテさんのクッキーはほんのり甘くてとても美味しいです。
「マグノリアちゃん、あのね、これ、マグノリアちゃんにあげるわ。」
トルーテさんはそう言って、薄手の紫色のコートと、赤いポシェットを差し出しました。
「うわぁ、素敵ですね。頂いてしまっていいんですか?」
「うん。元はあたしの娘の物だったんだけどね・・・。
もう娘はいないし、それなら、マグノリアちゃんにきて貰った方がいいと思うから。」
「そんなに大切なものなのに・・・ありがとうございます。」
わたしは、素直にお礼を言って、早速コートとポシェットを身につけてみました。
「うん、似合うわよ。」
「えへへ・・・ありがとうございます。」
トルーテさんは少しだけ、目を細めてわたしのことを見ていました。
まるで、誰かとわたしを重ね合わせて見ているような・・・そういう感じでした。
きっと、娘さんのことを思っているのでしょう。
「・・・うん、娘もきっと・・・マグノリアちゃんに使って貰って喜んでいるわ・・・」
トルーテさんは少しだけ、悲しそうでした。
「昔ね、あたしの娘はアレクサンダーちゃんやクロークちゃん達と仲良かったのよ。」
「クロークさんもですか?」
お医者さんとアレクサンダーさんが仲がいいなんて初耳です。
あんまり仲良さそうに見えませんが、トルーテさんが言うなら間違いないのでしょう。
トルーテさんは立ち上がって、本棚をあさりはじめました。
「そうよー。確か、この辺に・・・ああ、あった。」
そして、一冊のアルバムを出して見せてくれました。
「ほら、ノー村はあの通り何もない村でしょ?
だからね、読み書きのことはアレクサンダーちゃんと、その幼馴染のシーナちゃんと
二人でいつも一緒にこの街で学んでいたのよ。」
シーナ。まさかこの名前をここで聞けるなんて。
「シーナさん・・・どの人がシーナさんなんですか?」
わたしは、トルーテさんに聞きました。
トルーテさんは、写真の中にいた金髪の少女を指差しました。
「この子がシーナちゃんよ。うちの娘といつも仲良くしてくれてねぇ・・・本当にいい子だったのよ。」
この人が・・・シーナさん・・・。
わたしはまじまじとシーナさんの写真を見ます。
写真の中のシーナさんは10歳くらいなのにすごく綺麗に笑っていて・・・
きっと、わたしよりもずっと綺麗な人だと思います。
そう、わたしなんかより、ずっと・・・
「アレクサンダーちゃんとシーナちゃんは仲が良くてね・・・
一時は夫婦みたいだったんだけど・・・・やっぱり、あの事件から全部変わっちゃったのかしらねぇ・・・」
トルーテさんが写真を見ながらため息をつきました。
「あの事件?何ですか?それ?」
わたしが突っ込むとトルーテさんははっとした顔をして、
「な、何でもないわ。さあ、お仕事に戻りましょう。」
と早口で言いながら、慌ててクッキーを片付けます。
すごく気になりますが・・・たぶん、無理に聞いてもトルーテさんは話してくれないでしょう。
えっと・・・それなら、クロークさんに聞いてみましょう!
確か、トルーテさんの話では、クロークさんはアレクサンダーさんと昔から仲が良かったということです!
幸い、明日は定期健診の日ですし、その時に聞けばいいですよね。
そう思ったので、わたしはこの時、トルーテさんに何も聞きませんでした。
でも、後から振り返れば、わたしはちゃんとこの時に聞いておくべきだったんです。
この時にあの事件のことを知っていたら、わたしは―――
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次の日、わたしは検診のため、クロークさんの医院に向かいました。
「・・・・うーん、記憶の方は戻ってないけれど、頭は問題ないみたいだね。」
診察を終えて、カルテを見ながらクロークさんは言いました。
「えっと・・どういうことですかね?」
「君の記憶が、外傷が原因ではなく、精神的な理由だということだよ。
頭を強く打っても記憶が飛ぶことがあったりするからね。
それに一度記憶が飛ぶと、忘れっぽくなることもあるからそこも診ておかないといけないんだよ。」
「・・・えっと、それって、「今のわたしの記憶が飛ぶ」ということですか?」
「そうだね。そういうケースもあるから。でも、君は大丈夫そうだから安心していいよ。」
クロークさんは何でもないように笑いましたが、わたしはすごく不安でした。
失った記憶に興味はありませんが、今のわたしの記憶がなくなることは困ります。
だって、そうなってしまったら、アレクサンダーさんのことを忘れてしまうから。
このわたしの気持ちも、全部全部なくなるということだから。
どうしてなのでしょう。
わたしは、失った記憶より、今のわたしの記憶を無くすことがとても怖いんです。
この記憶がなくなってしまったら・・・わたしという存在がいなくなってしまうような、そんな気がするんです。
全然何も思い出せなくて、何も持ってないわたしだけどーーーー
何もないわたしでも、わたし自身を失うのが、とても怖いんです。
「どうしたの?青い顔をしているけど大丈夫かい?」
「いえ・・・大丈夫です。」
そう、大丈夫なはずなんです。
わたし自身を失うことなんて、簡単にあるようなことではないはずです。
だから、そう、大丈夫なんです。
わたしは笑顔を取り繕ってみせます。
大丈夫、大丈夫、大丈夫・・・。
大丈夫だと繰り返していたら、少しだけ、不安が収まってきました。
「あ、そうだ、クロークさん!あの、アレクサンダーさんと昔からの幼馴染だと聞きましたよ!」
話題を変えようと、わたしはアレクサンダーさんのことを持ち出してみます。
その時、
クロークさんの表情ががらりと変わりました。
今まで穏やかな笑顔を浮かべていたというのに、とても険しい顔つきになってます。
「昔の話だよ。今はもう、関係ないんだ。」
クロークさんはそう言って笑いました。
笑顔なのに・・・何かどす黒い感情が後ろで渦巻いている気がします。
この感情は・・・・嫉妬?
でも、どうして、クロークさんはアレクサンダーさんに嫉妬しているのでしょう。
それに、クロークさんの今はもう関係ない、という言葉も気になります。
でも、わたしはそれ以上クロークさんに聞くことはできませんでした。
これ以上詮索するな、というオーラがクロークさんにあったからです。
言葉のない圧倒的な威圧感にただ、飲み込まれてしまって・・・・・
わたしはその後、何も言うことが出来ませんでした。
いったい、アレクサンダーさんとクロークさんの間に何があったというのでしょう。
言葉にならない不安が、じわりじわりとわたしを襲います。
――――なんだか、良くないことが起こるような気がするんです。
神様。きっと、わたしの気のせいですよね?
明日も明後日も、ずっと、ずっと、世界は変わらずに平和な毎日なんですよね?
お願いします。変わらないで下さい。
記憶なんて、思い出さなくてもいい。
いつまでも、平和で・・・アレクサンダーさんの側にいさせてください。
わたしのこの小さな世界を、壊さないで下さい。
END




