第9話 この奇妙な二重生活はまだまだ続く
昼休みに青井瑠夏と同時に呼び出しをくらったことはあっという間に噂になってしまった。
また尋問される前に俺は逃げるように帰宅。今日もバイトが休みなもんだから、家に帰ると速攻で『エクリプス・レガシー』へログインした。
視界が開けた瞬間、いつもの噴水広場に、いつもの魔法使い姿のイルカがいた。
「エーヒレさぁぁぁん!! 聞いてくださいよぉ!!」
ログインして一秒。
もはや定型分と化している言葉が投げ出された。
「昼間の件か?」
知らないフリをして聞いてみると、「ですです」と首を縦に振る。
「今日、永友くんにイルカ特製のラーメン食べてもらったら、まさかの先生乱入で。二人で怒られちゃいました‼︎」
「なんか嬉しそうだな」
「えへへ……だってぇ、二人で怒られるって、それはそれでエモエモじゃないですかぁ」
この子、ドSの皮を被ったドMなのかな?
「先生に怒られてる間中、ずぅぅっと永友くんと距離が近くて、永友くんの匂いがしてぇ……あんなの脳内麻薬ですよぉ。永友くんの匂いをペットボトルに詰めて持ち帰りたかったけど、目の前にラーメンどんぶりしかなくて。あれじゃあ空気を詰められねぇってなりました」
「おい待てイルカ。発想がヤバい犯罪者だぞ」
「わかってます。わかってますけど、好きな人の匂いって無条件でめっちゃ良い香りなんですよ」
「ま、まぁ……そっちも良い匂いだったけれども」
「あれ? 私、匂ってます?」
「あ、やばっ」
「アバター越しに匂っているんですかねぇ」
クンクンとイルカのアバターがしているので、慌てて訂正する。
「ほ、ほらな。匂い問題ってのは困惑するだろ? 永友くんも困るだろうから、あまり匂いの話はすんなよ」
「なるほど。確かにですね。かっしこまりました。次から気をつけます」
調子良く敬礼のポーズなんかしている。
良かった。なんとか誤魔化せたか。
「てかエーヒレさん。もう、実質これって『共同作業』ですよね!?」
「ぬあ?」
この子は急になにを言ってやがる?
「同じ反省文を書いて、一緒に先生に提出。これ、ほぼ婚約届みたいなもんですよ」
「全然ちげーよ」
「えー、そうかなぁ……」
なんでこの子は唇を尖らせて拗ねた顔をしているんだ。
そういやこの子、外面は学園のアイドルだけど、女子グループの中じゃ不思議ちゃん扱いだったか。
──不思議ちゃん? これが?
「あーあー、イルカ。今から俺達の共同作業に出るぞ」
考えるのが面倒くさくなった俺は、そんな提案を一つ。
するとイルカが含みのある顔で、覗き込むようにこちらを見て来る。
「あれあれ。エーヒレさん。まさか、私が永友くんがしゅきしゅきし過ぎて嫉妬してません?」
「素直に今の気持ちを答えるなら、困惑。これに尽きるな」
「あはは、照れちゃって♪ 大丈夫です。永友くんのことは大好きですけど、エーヒレさんのことも大好きですよ」
裏表のないストレートな声に、なんだか俺は悶えそうになる。
「さっ。私達の共同作業をしましょう。エーヒレさんとならどんな強敵相手でも頑張れちゃいます!」
「ああ、行こう」
♢
俺たちは今日も中層エリアのダンジョンへと足を踏み入れた。
今日欲しい素材は、物理防御がやたらと高い巨大な岩石の亀、アイアン・タートルだ。
双剣で攻撃をするがかたすぎるアイアン・タートルにはあまり効いていない。
しかし、ヘイトを稼ぐことはできた。
「イルカっ」
「はいっ。──理を統べる古き神々よ、我が供物に跪け。我は求む、万物を無へと帰す、終焉の静寂を。穿て、虚無の顎! 爆ぜろ、存在の境界‼︎」
『|終焉の刻、彼方より来たる虚無の呼び声──────ッ!!』
ドォォォォォォン!!
彼女の杖から放たれたのは、光さえも飲み込む、漆黒の重力波だった。
亀の巨大な体は、悲鳴を上げることさえ許されず、粉塵となって空間ごと消滅した。
「その詠唱格好良いじゃん」
「でしょ♪ お気に入りです♪」
「でも、このゲームの魔法って詠唱なんてないよな?」
俺は脳筋が大好きなため、ほとんど前衛職しかやらないから魔法のことはイマイチわからない。
「こういうのは雰囲気が大事でしょ」
「他の人とやる時も詠唱唱えるの?」
「や、そ、それは流石に恥ずかしいというか……エーヒレさんと一緒の時だけです」
「あ、そうなんだ」
「ですです。てか、こういうの受け入れてくれるのエーヒレさんだけですよ。他の人なら絶対引かれますもん」
「そうかぁ? 俺は良いと思うけどなぁ。キャラに合ってて。ただまぁ、それを誰かに強要しなきゃ良いだけだし。素敵だと俺は思うけど」
素直な意見を言ったつもりだが、イルカは黙り込んでしまった。
「似てるんです」
「ん?」
「エーヒレさんと永友くん。そういうところが一緒で。だから二人とも大好きなんですよ」
心臓が跳ねた。
それはエーヒレ=永友瑛のことがバレたかと不安になる気持ちが少し。
ただ、それ以上に、こんな真っ直ぐに大好きとか言われたら嬉しさとか照れ臭しとか、色々な感情がごちゃ混ぜになっちまう。
「あ、エーヒレさぁん。今、画面の向こうで赤くなってますねぇ」
からかうように言ってくるイルカは、どうやら全然俺が永友瑛ということに気が付いている様子はない。
「は、はぁ? んなことねぇし」
「ぷぷっ。照れちゃって。きみの相棒のイルカはエーヒレさんのことなんてお見通しなんですから」
「どこがお見通しなんだか……」
「あ、そんな言い方して良いんですかぁ? エーヒレさんの黒歴史、なんてでも知っているんてますよぉ?」
「わ、わわっ。待て待て。あれを掘り起こすな‼︎」
「あはは‼︎ 焦ってるエーヒレさんかわいー」
長年相棒なんてやってると、相手のことを色々と知りまくってるから困るよな。黒歴史とか黒歴史とか黒歴史とか──。
♢
「──ふぃ。結構狩ったな」
それから数時間、イルカと狩りを続けて一段落。
「エーヒレさん、ごめんなさい。私、そろそろ反省文やらないといけないから落ちますね」
「あ、俺も反省文書かないと」
「え?」
やっべ。つい反射的に言っちまった。
「エーヒレさんも反省文あるんです?」
うわぁ。どうしよ。あんまり言い訳くさくなるとバレるよな。どうするか。
「いや、イルカが反省文やるなら俺も落ちるって意味」
あかん。上手い言い訳が思いつかなかった。
「あー、ね。そゆことですかー」
良かったぁ。耐えたぁ。そこで深掘りされたら詰んでたわ。
「あぁー永友くん。今頃、お家で反省文書いてるのかなぁ。てか、ほぼ婚約届なんだから、全く同じ文にしないとですよね」
完全にこっちの発言を気にしなくなったイルカは、まぁた意味不明な発言をしていらっしゃる。
エーヒレがまさにその永友本人だとは夢にも思っていないんだろうな。
「あ、そうです。『永友くん。反省文一緒しよ』って言い訳で二人っきりになれるのでは?」
「反省文の提出は明日なんだから間に合わないだろ」
「ですよねー。はぁ……今日の放課後一緒に書こうって言えば良かったです……でも、それだとエーヒレさんとゲームできなかったしぃ」
「あーあー。さっさと反省文書いてこい」
「はーい」
「あ、そうだイルカ。俺、明日はバイトだからログインできねぇわ。ごめんな」
「そうなんですね。かっしこまりました。明日は私もログインしないでおきますね」
「良いのか?」
「はい。リア友と遊ぼうかなって思います」
あー、あの一軍キラキラ女子達と遊ぶのか。あんなのが俺のバイト先に来た日にゃ、店内がどえらいことになるな。ま、来ないだろうけども。
「それではエーヒレさん、私、そろそろ落ちて『共同作業(反省文)』に取り掛かります!」
「ああ。……あんまり変なこと書くなよ。先生に怒られるのは永友くんなんだからな」
「わかってますって! それじゃあ、おやすみなさい、エーヒレさん!」
♢
ログアウトし、VRゴーグルを外すと、いつもの見慣れた自室に戻る。
静寂。そして、机の上に置かれた、真っ白な原稿用紙。
「……共同作業、ね」
俺はシャーペンを手に取り、書き始める。
──『私は家庭科室において、許可なく調理器具を使用し……』
書き進めるうちに、ふと鼻をくすぐる匂いがあった。
昼間、家庭科室で。隣にいた瑠夏から漂っていた、あの甘い香りと、強烈な醤油の香り。
彼女は「私の匂い」なんて全く気づいていなかっただろうが……。
「……こっちだって、意識してなかったわけじゃないんだよ、ばか」
夜中の二時。
静かな部屋に、カリカリという筆記音だけが響く。
明日、この反省文を出せば、俺と彼女の「下僕」という名の共犯関係は、また一歩、後戻りできない場所へ進むのだろうか。
彼女が俺をエーヒレだと気づかない限り、この奇妙な二重生活は続いていく。
俺は少しだけ熱を持った頬を冷ますように、夜風を求めて窓を開けた。




