第8話 生徒指導室も見方を変えればサンクチュアリ
「──んで。何か言い分はあるか、永友、青井」
昼休みの途中。俺と青井瑠夏は生徒指導室へ連行された。
パイプ椅子に並んで座る俺たちの前には、眉間に深いシワを刻んだ生活指導の黒松先生(愛称はクロマティ)が仁王立ち。
机の上には、証拠品として没収された空のラーメンどんぶり(家庭科室備品)が置かれている。
「「ありません」」
仲良くハモると、「はぁ……」と、ぼりぼり頭をかいて呆れたようにため息を吐かれる。
「仲が良いのは良いんだが、ここは高校だ。好き勝手して良いもんじゃ──あ、え、ごめん青井。先生なんか気に触ること言ったか?」
急にクロマティが謝るもんだから、パッと横を向くと、青井瑠夏が鬼の形相をしていた。
「いえ、とくに」
「とくにって……お前、俺が言うのも気持ち悪いが、普段天使みたいな顔してんだろ。なんかセクハラ発言でもしたか?」
「クロマティ。今がまさにセクハラ発言です」
「あ、今のがダメなの? 教えてくれてありがとう。永友」
「以後気をつけてください。では……」
俺は席を立ち、出て行こうとすると、「ちょーっと待て」とクロマティから止められる。
「なにを上手いこと逃げようとしてんだ」
「ちっ」
「待て待て待て。生指の先生に舌打ちしたよね。俺らの時代だったら、竹刀でボコボコにされてたからね。俺はしないけど。しないけども」
俺らの時代は──と語り出してしまった。
しまったな。話が逆に長くなってしまった。
青井瑠夏に申し訳ないと思っていると、スマホが震える。
『エーヒレさああん‼︎ い、いいい、いま、いまいま、先生にお説教されているんですけど、その時、永友くんとハモリましたあああ‼︎』
この状況で良くスマホを打てるな、お前。
つうか、話の内容を知らない人からしたら、なんのこっちゃだぞ、これ。
『これはもう、恋人の域を超えて夫婦サンクチュアリですよね⁉︎』
全然足りねぇだろ。その理論なら音楽やってる奴同士がほとんど恋人になるわ。つうか夫婦サンクチュアリってなに? それはただ結婚を果たした奴の家だろ‼︎ ……それはそれでサンクチュアリか。
俺には説教中にスマホを神速で打つ技術がないため、心の中でツッコミをさせてもらう。
「──それで永友。お前が青井にラーメンを作らせたのか?」
「……え?」
びっくりした。
ついさっきまで、「俺、30代になった方が足速くなってんだよ」とか訳わかんねーことほざいてた奴が、いきなり話を戻すんだもん。
「男女差別になっちまうが……女の子が学校で出汁からスープを作ってラーメンを完成させんだろ」
先生。俺もそう思う。そう思うけど、この件に関しては、その通りなんよ。
「しかも、あの青井が、だ。普段真面目で優等生な生徒が、家庭科室を占拠してラーメン作るなんて考えられん」
日頃の行い、か。
そりゃ俺以外にはそうなんだろうが、俺からすると不思議じゃないんだな、これが。
つか、普段真面目な優等生があんたの説教無視してスマホをガンガンいじってたぞ。見てなかったの?
「まぁ……そっすね」
しかし、一度植え付けられた印象をひっくり返すのなんて難しい。ここで、あーだこーだと反論しても時間の無駄だ。それに、実際にラーメンを食べさせてもらったからな。
「俺が──」
「違います‼︎」
俺が全部悪いと言おうとした瞬間、青井瑠夏が立ち上がった。
「私が永友くんにラーメンを作ったんです‼︎」
「え? 青井? まじ?」
「まじです」
「出汁から?」
「出汁から」
困った顔をしてクロマティがこちらを見て来る。
しかし、俺の顔を見ても答えは書いていないと判断したクロマティは、大きくため息を吐いた。
「……わっかんね。とりあえず二人とも反省文だ。明日までに原稿用紙三枚。いいな。二人仲良くだせよ」
その言葉を聞いた青井瑠夏は、また鬼の形相を見した。
♢
生徒指導室を出ると、仏頂面の青井瑠夏が一言漏らす。
「……悪かったわね。私のせいでこんなことになって」
「んにゃ。別に気にしてないからいいさ」
「……それから、ありがと。さっき、庇おうとしてくれて」
「え?」
あの青井瑠夏が俺に、お礼、だと?
「な、なによ、その顔」
「い、いや、別に」
「ふんっ。なんにせよ私のラーメンを完食できて良かったわね‼︎」
彼女はそう言い捨てると、スタスタと歩いていく。
だが、くるりと振り返ってきた。
「明日、反省文忘れたら、次は二郎系なんだから‼︎」
「なんでまたラーメンを作ろうとしてんだよ‼︎」




