第6話 恋は盲目。下僕は困惑。登校はカオスにつき
「ふぁぁ…ぁぁ……」
大きな欠伸をかましながら、いつもの通学路を歩く朝。
今日の俺の気分は、そうだな……イルカの言葉を借りるとするならば、マリアナ海溝より深いといった感じだ。
昨夜のエクレガで、俺の相棒が「下僕という免罪符」を使って攻略を始めるとか宣言しやがったからである。
頼むから、あれはなかったことにしてくれ……。
祈るような気持ちで、学校へ向かっていると、スッと隣に人の気配があった。
「お、はよ……」
「⁉︎」
なんかアサシンみたいに急に現れた青井瑠夏。
その顔が、やたらめったら不機嫌に見えるもんだから警戒しちまう。
まぁ昨日、エクレガで夜遅くまで潜ってたもんな。俺も寝不足気味だ。
「な、なによ、その顔」
「やや……お、おはよ」
そうだよな。青井瑠夏は普通に挨拶してくれただけなのに、俺の反応が悪い。
ただ、隣に並んだ女の子の顔がやたらめったら怖かったらそんな反応になるのも許してほしい。
彼女へおはようの挨拶を返すと、俺のスマホが震えまくった。
『エーヒレさん‼︎ 大ニュース‼︎ 私、永友くんに朝の挨拶しちゃいました‼︎』
『しかも挨拶返してくれました‼︎』
『やばすぎ。おはようの挨拶かっこ良すぎてしゅきが更新されりゅゅ‼︎』
チョロすぎない?
それにしたってイルカよ。エーヒレとは相棒だろうが、やたらめったらチャットを送って来すぎだ。俺じゃなきゃ見逃してるね。
『良かったな。でも、周りの反応とか大丈夫なのか?』
通学路が被った他の人達が、こちらをチラチラと見てくる。流石は学園のアイドル青井瑠夏。そして、その隣にいるのが俺なもんだから、全員が絶妙に不審な顔をしている。
だから、あんまり絡み過ぎるなという意味を込め、エーヒレとして注意してみせた。
『全然大丈夫です‼︎ てか、周りの人も普通に私とか興味ないですよー‼︎』
おい、この状況でよく言えたな。
まさに恋は盲目か。
『エーヒレさん。私、昨日の作戦、実施します‼︎』
昨日の作戦って……おい、まさか──。
『イルカ‼︎ はやまるなぁぁぁ‼︎』
俺のチャットに既読は付かず、青井瑠夏がこちらを見てくる。
「ね、ねぇ。きみは、その……私の下僕なわけでしょ」
始まるのか? 始まってしまうのか? 下僕の免罪符が──。
「だったら朝の登校はお姫様抱っこ──」
そこまで言って、青井瑠夏の顔が真っ赤になる。
流石に次の言葉を言うのがとち狂っていると理解したのか、手を差し出して来る。
「き、きき、きみは私の下僕なんだから、きみの鞄、持ってあげる‼︎」
「……はい?」
意味がわからん。
百歩譲ろう。俺が青井瑠夏の下僕だとして、なんで俺が青井瑠夏に鞄を渡すんだ。逆では?
「なにしてんのよ。早く鞄を渡しなさい」
「は、はぃ」
未だ理解が追いついていない俺は、不機嫌に言って来る青井瑠夏へ鞄を渡した。すると、彼女は俺の鞄を大事そうに抱える。
「ほ、ほら、さっさと行くわよ。下僕」
そう言ってスタコラ先に行く青井瑠夏。すると、チャットが入る。
『エーヒレさん。私、やってやりました。永友くんを下僕として使っちゃいました』
いや、お前が下僕になってんぞ。
♢
学校に到着すると、それはもう摩訶不思議な光景を見るようなクラスメイト達の反応。
みんな、わかるぞ。俺もその一員だ。
だって、あの学園のアイドル青井瑠夏が男子の鞄を持って上機嫌に登校しているからな。
「おはよ、愛莉、莉乃、乃亜」
「え」
「あ」
「おはよ、瑠夏」
普段仲の良い女子グループへ挨拶をしながら、青井瑠夏は俺の席までやってくると、大事そうに鞄を机の上に置いた。
「下僕として使ってやったことを感謝しなさい」
「いや、普通に鞄を運んでくれたことを感謝するよ」
「ふ、ふんっ。勘違いしないでよねっ」
なにを?
そう問う前に青井瑠夏は自分の席に向かい、いつもの女子グループの中に溶け込んでいった。
「お、おいおいおい。何事だよ、えーちゃん」
慌てて絡んで来たのは、同じ中学出身でリアルで仲の良い友人の松浪純平。あだ名はペーペーだ。
「何事なんだろうなぁ……」
そんなもんは俺もわからん。今起こっていることは俺が聞きたい。
「いや、えーちゃん、え? 青井さんに鞄持たして登校してたよな?」
「だな」
「だなって……」
困惑しているペーペーをよそに、俺の前にもう一人男子がやって来る。山路勝利。昨日、屋上で男子ノリを発動させた陽キャグループのリーダーだ。
「永友。俺の聞き間違いじゃなきゃ、永友が青井さんの下僕と聞いたんだが」
「下僕⁉︎」
ペーペーが驚いた声を出すので、山路が彼へ説明する。
「ああ、俺もよくわからんが、昨日、永友のやつ、青井さんから弁当をもらってたんだ。そんな羨まけしからんことを目の前でされちゃあ男が廃るってわけで問いただしたら、青井さんの下僕だとよ」
「下僕なのに弁当って変じゃね?」
「俺も松浪と同じ意見だ。そして、その違和感の正体に気が付いたぜ」
バンっと机を叩く山路は、まるで検事みたいな迫力がある。
「永友、お前が青井さんを下僕としているんだな」
なんでそうなる。
「相手は学園のアイドルだろ。俺なんかが下僕にすることなんてできるかっ」
「確かに」
そこで速攻で納得されるのも俺のクラスの立ち位置としてどうなん? 俺ってどんなキャラだと思われてんの?
「ちょっと山路くん‼︎」
あーあーあー。ややこしいところでややこしい奴が乱入して来やがった。
青井瑠夏が、威風堂々と俺達の前に立つ。
「また、永とみょくんをいじめてるのね‼︎」
名前噛んでるぞぉ。
「だからいじめてねーよ‼︎」
なんかこれ、昨日も見たな。
「私の下僕をいじめたら許さないからっ‼︎」
待て待て待て。学園のアイドルが、んなでかい声で言ってくんな。屋上とは違うんだぞ。
しかし、時既に遅し。もうクラスメイト達の耳にバッチリと入ったその言語を消すことは不可能だ。
青井瑠夏はそんなことを気にする様子もなく、こちらへ宣言するように言ってくる。その顔は物凄く、凶悪犯である。
「きょ、今日も毒味しなさいっ。お昼休み……ぜ、絶対に来なさいよね‼︎ か、家庭科室だからっ‼︎」
言い捨てるように言うと、再度女子グループの方へ。
その女子グループが面食らった様子を見している。
「ごめん、永友。お前、青井さんに弱み握られてんだな。でも、理由はどうあれ、青井さんの弁当が食えるのは羨ましいことだぞ」
「えーちゃん。なんかあったら相談乗るからな」
男子達の意見は、俺が弱みを握られて脅迫されている。でも羨ましいということで落ち着いた。
──ブブブブッ!!
スマホが狂ったように震えた。
『エーヒレさぁぁぁん!! ランチデートの予約完了です‼︎ 今日は家庭科室で目にものみしてやりますよ‼︎』
……。
…………。
俺、家庭科室でなにされるの?
いや、まて……作戦実行、家庭科室……まさか……⁉︎




