第5話 下僕と騎士と相棒の距離
学校から逃げるように帰宅して、俺は速攻で自室のPCを起動した。
VRゴーグルを装着し、意識をリアルから『エクリプス・レガシー』へと飛ばす。
「あ、エーヒレさぁぁぁん‼ 待ってましたぁ‼」
ログインした瞬間、いつもの甘ったるい声が俺を包み込む。
目の前には相棒のイルカが、犬みたいに駆け寄ってくる。その姿は、さっき俺のことを下僕と宣言した女王様とは思えない所作である。
しかし、その恰好に違和感がある。
「前衛の恰好?」
イルカはいつもの魔法使いの恰好ではなく、騎士の恰好。鎧に身を包み、重そうな剣が装備されていた。
「はい‼ 私、今日ほど自分が『主人公』だと思った日はありません‼ だから今日は前衛でいこうと思って‼」
イルカのアバターは、自慢げにふんぞり返ってみせる。
そういや、狂ったように俺へとチャットを飛ばして来る中に、そんなことを言っていたものがあった気がするな。
「てか‼ 改めて言わせてください‼ 私、屋上で永友くんを救い出したんですよ‼ なんか永友くんが悪い男子たちに囲まれてたから、こう、シュパっとバシッと‼」
剣を構え、無駄にかっこいい動きを見せてくれるが、イルカよ。そんな動きは一切なかったぞ。
「でもさ、イルカ。永友くんを助ける時、何か変なこと言ったりしなかったか?」
「ぅぁ……‼ エーヒレさん、流石です……」
図星を突かれたと言わんばかりに、鎧の騎士様が犬のように項垂れている。
「その、まぁ……ちょっぴり? 方便というか、なんというか……永友くんを独占……じゃなく、周囲を納得? させるために『下僕』なんて呼んじゃいましたけど……」
イルカの声がやけにに小さくなる。
どうやら、自分でもその点は反省しているみたいだ。
良かった。なにも感じてなかったら、まじでやばい奴だからな。
「……嫌われちゃったでしょうか。好きな人を『下僕』呼ばわり。あうぅ、でもあれしか思いつかなくて……」
「その永友ってやつも、それで助かったんなら気にしてないんじゃないか?」
「本当ですか⁉ ……でもでも、下僕ですよ⁉ これからは私、学校で永友を顎で使わなきゃいけないんですよ⁉」
「いや、そこは訂正してだな……」
「朝とか一緒にお姫様抱っこで登校して、休み時間は永友くんの膝の上に座って、お昼休みは一緒に屋上でランチであーんして、放課後一緒にマックドに寄って……」
「待て待て。お前の中の下僕どうなってんだよ。それ、ただのバカっプルじゃねーか」
「きゃぁ、マジですね‼ え? まっ、ちょ、まっ。これって実質告白したってこと⁉」
「どういう思考回路でその回答になる⁉ そうはならねぇよ‼」
「でもですね、エーヒレさん。彼、すごく嬉しそうだった気がするんです‼」
いや、嬉しくはねぇよ‼ 冷静に考えろ、下僕扱いだぞ‼
……いや、俺が冷静になったわ。この話をしている時のイルカはまともじゃない。
「私が助けに入った時、なんだか呆然とした顔で私を見つめてて……。あぁ、これが運命の恋の始まりなんだなって。私の中の全細胞がスタンディングオベーションしてました‼」
「全細胞に告げろ、お前ら全員単細胞かって」
イルカは、自分の狂犬のような威圧感が、すべて可憐な騎士の守りに変換されていると思い込んでやがる。
「てか、何気に永友くんの名前呼んだの初なんですよね。きゃぁぁ‼」
そういや……出会ってから初めて名前を呼ばれた気がするな。
それもそれでどうなんだ。
「やっば、めっちゃ上がる。エーヒレさん。二狩りいきましょう‼」
「そうだな。最近は駄弁ってばかりだから、狩りに行くかっ」
♢
ここ最近はイルカの恋ばな(攻略対象自分)ばかりだったからな。なんだか妙に久しぶりに感じる。
俺たちは転移ゲートを潜り、中層エリアの『薄暗い銀嶺』へと向かった。
今日のターゲットは、突進攻撃が厄介なスノーボアの群れだ。
「よし、俺が先制でヘイトを──」
「下がっててください、エーヒレさん‼ ここは永友くんの騎士である私がエクレガでも華麗なる騎士道をお見せしましょう‼」
リアルでのバフをそのままネトゲに持ってきた元魔女っ子は、重そうな大剣を構えた。
「らぁぁぁ‼ 永友くんへの愛の力(物理)を食らえっ‼」
ガキンッ、と鈍い音が響く。
スノーボアの突進に耐え切れなかったイルカが、そのまま後ろにズザーッと数メートル押し戻された。鎧が雪にまみれ、兜が少し歪んでしまった。
「イルカ、無理すんなっ」
「……くっ、これしきの衝撃……‼ 今の私は、永友くんを救った時の『無敵モード』が継続中なんです‼ かすり傷一つ負わせませんよ‼」
今のでHP三割くらい削れているんだが。
こりゃ、バフっつうよりバーサーカーモードだな。
慌てて俺が横から双剣でボアの脇腹を切り裂き、体勢を崩させる。
「うっしゃ、イルカっ‼」
「はいっ‼ ──ぶっ⁉」
おいしいところをイルカへ譲ってやろうとしたが、慣れない重装備のせいで足がもつれ、盛大に雪原にダイブした。
「……ぷはぁ……あ、あれ? おかしいですね。イメージでは、今の私は銀世界に舞う孤高の女騎士だったはずなんですけど」
「お前、さっきから永友くんっていうバフがかかってるつもりだろうけど、実際は慣れない装備でデバフまみれになってんぞ」
「そんな……愛は全てのステータスをカンストさせるはずでは?」
「愛はチートじゃないみたいだな。
「ううう……ちくしょうめぇ」
イルカは唸り声を上げ、騎士の恰好からいつもの魔女っ子スタイルに切り替えた。
「消しとべぇ‼」
魔導杖を振ると、天空から流星群が落ちてくる。それらがスノーボアへ全て命中し、スノーボアの群れは跡形もなく消えた。
「……ふぅ。やっぱり、魔法の方が『愛の爆発力』がありますね」
「すんげー、火力」
「よぉし‼ 自信めっちゃつきました‼ 明日からは学校でも、下僕という免罪符を使って、この『愛の爆発力』で永友くんをガツガツ攻略します‼」
──いや、その強力な火力を学校で使ったら、色々な意味で俺の命が物理的に消えるやつなんだが。
これ、俺のHP残るのか?




