第32話 三日月が嘲笑う街で君は微笑む。さよなら。そしていつもの場所で……
青井瑠夏はすぐに帰ってしまった。
そりゃ、まぁ、そうだろうな。
あのエクレガがサ終だなんて知らせが入れば、血相を変えて帰るのも頷ける。
俺だってまともな顔色はしてないだろう。
あそこは俺とイルカの大切な場所。それなのに……。
ガセかもしれない。なにかの間違いかもしれない。
だけど、エクレガの公式サイトには、『サービス終了の件』と大きく書いてある。
今日はエープリルフールだっけか? いいや、違う。違うんだ。本当にサービスが終わるんだ。
何度見ても、何度ブラウザバックして戻って来ても、サービス終了の文字は消えてくれない。
このまま、本当にエクレガは終わってしまうのだろうか。
♢
エクレガ内は地獄のような混乱に包まれていた。
空には昼間から異常に巨大な三日月が浮かび、刻一刻と地上へ接近している。
運営が用意した終焉の演出だろうか。皮肉にもそれは、残酷なほど美しかった。
「っざけんなよ、運営!!」
「俺たちがどれだけここを愛してきたと思ってんだよ!」
阿鼻叫喚の噴水広場。俺もまた、溢れ出す怒りを抑えきれずにいた。
「エーヒレさん……」
いつも元気いっぱいの魔女っ子は、なんともいえない哀愁を漂わせている。いや、それは彼女視点から見た俺もそうなのだろう。
お互い会えば、どちらから会話を始め、好きなだけ喋れば、黙り込む。別に黙り込んでしまっても居心地の良い関係。
だけど今は、今だけはエーヒレとイルカという関係ではなく、永友瑛と青井瑠夏という関係性のように思えてしまう。
「俺はさ、イルカ」
ギュッと騎士の誓約紋を握る。
「これを一生大事にして、これからもエクレガの世界をイルカと一緒に旅をしたかった。もっと高難易度のクエストをこなして、時には失敗して、でもなんとかクリアして……ずっと笑っていたかった」
「エーヒレさん……」
「ずっと一緒にやって来て……これからもずっと一緒だって思ってたのに……」
こんなの……こんなのって……。
「運営ありえないよな。あり得ないよ。抗議してやる……そうだ、抗議してやろうぜ‼︎」
「エーヒレさん。落ち着いてください。私達が抗議したところで、この事実は絶対に覆りません」
わかってる。わかってる──。
「んなこたぁわかってんだよ‼︎ だったらなんだ⁉︎ 俺とイルカはどうなる⁉︎ せっかく仲良くなれたのに、こんな形でお別れか⁉︎」
つい怒鳴ってしまったが、イルカは恐れる様子はなく、ただ哀しそうな目で俺を見つめた。
「私達の関係は、エクレガだけのものなんですか?」
「……ッ⁉︎」
その言葉に、殴られたような衝撃を受けた。
俺はイルカという魂そのものを見ていたはずなのに、無意識にゲームが消えれば彼女も消えると思い込んでいた。
「俺、は……」
そんなの……相棒失格じゃないか……。
自分はなんて言葉を発してしまったのだろう。自分の発言に酷く後悔してしまう。
「いやだ。俺は……イルカともっと……仲良く……イルカを失いたくない……」
アバターは無表情を貫いている。でも俺の声は、リアルの俺は瞳から涙が溢れてしまっていた。
「ね、エーヒレさん。オフ会しよ」
「……ぐす。オフ、会?」
「そ。オフ会。二人だけのオフ会」
そういうとイルカはクルリと背を向けてしまう。
「いつもの場所で待ってるから。ずっと、待ってるから」
──ピロリン。
乾いた電子音が響き、目の前から魔女っ子の姿が消えた。
「あ、おい、待てよイルカ!!」
一人残された広場。
『いつもの場所』
それは、ゲーム内のどこかを指しているのか。それとも、現実の──?




