第31話 絶望のカウントダウン、開始
「へぇ。これがきみの部屋なんだ……」
感心したような、それでいて興味津々なような。そんな声が彼女から漏れる。
キョロキョロと辺りを見渡し、なにか吟味するように部屋を見られる。
大丈夫。古来より紡がれしエロは時代を超え電子に変わった。この部屋にエロ本はないっ。
「あ……これ……」
⁉
ビクッとなる。
その声の反応はエロ関係が見つかった時の声、だ。
慌てて青井瑠夏の方を見ると、彼女は本棚をまじまじと見つめていた。
「──きゅぃ⁉」
変な声が出た。
それも許して欲しい。
青井瑠夏は、エクレガの攻略本を見ているからだ。
エクレガが大好きな俺は、最早攻略本をも買っちゃうガチ中のガチ。
彼女が手に取ったのは、中学の時、お年玉で奮発して買ったエクレガのversion1.1の攻略本だ。
「お、いおい。瑠夏。そんなことより、中学の卒アルでも見ようぜぃ」
「きみって新しいタイプね。自ら卒アルを提示するなんて」
「あ、あたしも見たい。ぺーぺー元気してるの?」
「紗奈はこの前会ったばっかだろうがっ」
ふぃ。なんとか誤魔化せたか。
この前エクレガに誘ったはずなのに、エクレガの古い攻略本があったら、違和感だろうからな。
肉を切らせて骨を切る。
とくと見よ、俺の黒歴史をっ。
「これが瑛くん? なんかめっちゃ笑顔ね」
うっ‼ ドアップの個人写真を見られてしまった。妙にはずい。
「この時のおにぃは襟足なっがっ。ワックスMAX。アイロンじゅわぁな平成の忘れ物みたいなギャル男でしたから。ガラケー持たしたら、一人平成できてましたよ」
「ギャル男ではないだろ」
「確かに。ちょっと古い感じね」
「う、うるさいぞお前らっ。今は立派な令和男子だろうがっ」
「あ、ごめん紗奈ちゃん。お手洗いってどこ?」
「案内しますよ。って、すぐそこですけど」
言って二人は部屋を出て行った。
すると俺のスマホが鳴り響く。
『エーヒレさん‼ 瑛くんの卒アルが、卒アルがあああああああ‼ ぴぎゃあああああああ‼ さいくぉぉぉぉぉぉぉ‼』
あのやろ。人ん家のトイレで興奮してやがる。
『瑛くん……襟足の瑛くん……似合ってなくて逆に推せます』
悪かったな。だから切ったんだよ、ちくしょう。
『なんで私は瑛くんと同じ中学じゃなかったのか……神を恨みますよ……』
『つまりなにが言いたいかと言うと、平成ギャル男瑛くんはキモカワだけど、令和クール瑛くんはヴィジュ最強ってことです』
『あ、それと少し気になることがあって。瑛くんの家にエクレガの古い攻略本があったんですよね。妹ちゃんも、「エクレガが──」って言ってたので、もしかしたら私が誘うより前からやってたんですかね?』
あ、うん。全然肉を切らせて骨を切れてない。むしろこっちが骨ごと切られてるわ。ぜぇんぜん誤魔化せてないわ。ただ自分の黒歴史を見せびらかしただけだったわ。
『バイトですかね。興奮したチャットを連続してすみません』
返信しないから、最後にそう付け加えられる。
「瑠夏さん。美人と言えど流石にトイレは流してくださいよ」
「あ‼ ごめんなさい‼」
美人の流さないトイレか……
♢
「それではあとは若い二人で」
そう言い残して俺より若い紗奈は出かけて行った。
気を利かせてくれたのだろう。今更な気はするがね。
部屋に残された。
「……」
「……」
ま、当然こうなるよね。
俺達は幼馴染ではない。下僕ってのも彼女が焦って言ったもの。
本来はただのクラスメイト──っつか、俺にだけ阿修羅顔をする間柄。
それは、まぁ……自分で言うのもなんだけど、彼女は俺に好意を寄せてくれているわけで……。
こうやって家まで来るってことは、その、本気ではあるんだなぁと、思う。
女の子の気持ちがわかっているのに、こちらから動かないのも男としてどうなんだと思うんだけど。もし、彼女と付き合った場合、エーヒレのことを打ち明けないといけないだろう。そしたら彼女の気持ちはどうなる。恋愛相談を本人にしていたということになる。それは彼女の尊厳というか、プライドを傷つけることにならないだろうか。
……いや、逃げ、だな、これ。
要は怖いんだ。
俺は一軍キラキラ女子と付き合って、周りからなにか言われるのが怖いんだ……。
「あ……」
青井瑠夏は、ふと壁に飾ってある表彰状に目をやる。
「サッカー。凄かったんだね」
「いや、チームが強かっただけだよ」
中学レベルなら、一人突出した奴がいれば無双できたりもする。ウチの中学もそんな感じだった。
「あの時、瑛くんはサッカーやめてたの?」
「あの時?」
抽象的な時間指定に、俺は首を傾げた。
「あはは。覚えてない、よね」
意味ありげな苦笑いを浮かべ、彼女は目を細める。
「昔ね……合格発表の時。私、瑛くんに助けられたんだよ」
「え?」
どんだけ脳内を探しても、こんな美少女を助けた記憶がない。
「当然、よね」
そう言って彼女はスマホを見せてくる。そこには、ぽっちゃり系で前髪で顔を隠した、今とは似ても似つかない女子中学生が写っていた。
「中学の時の私。エクレガにドはまりして、陸上部の練習もサボって……周りから嫌われてたの」
「……あ」
その顔を見て、記憶のピースが嵌まった。
「もしかして、合格発表の日……いじめられてた子か?」
「覚えてんじゃん」
唇を尖らせる。あの時、彼女は一人で他校の奴らに囲まれていた。俺はただ、あいつらのニヤついた顔がムカついて、持っていた鞄をフルスイングで先頭の奴の顔面にシュートした。
「『あんな奴等と友達なんかやめとけ。もし一人が嫌なら俺んとこ来い』」
「……そんなこと言ったっけか」
「めっちゃ覚えてる。なのに、なんで高校入ったら言ってくれなかったのよ」
「いや、お前……変わりすぎだろ。誰がわかるんだよ」
「まぁ、それは自覚あるけど」
じっと見つめられ、心臓が跳ねる。
彼女の視線が熱い。言うのか? ここで、彼女から言わせていいのか。
俺が何かを口にしようとした、その時だ。
ブブブッ、とタイミング悪く俺と彼女のスマホが鳴り響いた。
災害通知のような、全く同時の着信。
「あ、はは……」
瑠夏が照れ隠しのようにスマホに目を落とす。俺はドギマギして画面を見れなかった。
「え!?」
唐突な、彼女の悲鳴。
信じられないものを見る目で画面を見つめる瑠夏に、俺は思わず「どうした?」と尋ねる。
「エクレガが……サービス終了、するって……」
「は?」
頭が真っ白になった。
俺たちの居場所が、出会いが、絆が――。
一瞬前までの甘い空気が、一気に凍りついた。




