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第3話 玉子焼き爆弾。爆ぜた俺の学園生活

 結論から言おう。一睡もできなかった。  


 登校中も、ホームルーム中も、俺の心臓はエクリプス・レガシーで古龍と対峙している時より激しく警鐘を鳴らしていた。


 そして、運命の昼休み。


「ね、ねぇ、ちょ、っといいかしら」


 教室の空気が一瞬で凍りついた。


 声の主は、我らが学園のアイドル青井瑠夏。


 ……来た。マジで来やがった……‼


 しかし彼女は顔を異様に強張らせている。


 え、なに? 俺、殺されるの? って感じの顔付。


 背中に右手を隠した状態で俺の机の前に立つ。


 ナイフかなんか隠し持ってんの? って空気が流れているんだけども。


 周囲が、「お前、青井さんになにやらかしたんだよ」的な目で見てくる。


 側から見ると完全に俺が怒らせてしまった雰囲気だ。


「ど、うしたんだ、青井さん」


 尋ねると、ギロリと睨んで来る。


 あれ……俺、なんかやらかしました? その睨みは、本当に俺がなにかをやらかしたと錯覚するほどの目つきだぞ。


「こ、れ……作り過ぎたからあげるわ」


 そう言って差し出されるのはコンビニの袋に雑に入れられた小さなタッパー。


「べ、別に、深い意味はないから。ただ、昨日の、ノートの件で、ちょっと……落としちゃったからそのお詫びというか……‼」


 ノート落としたお詫びにお弁当作ってくるのは、少し無理があるのではないだろうか。


 しかし、そんな内容よりも、昨日よりさらに「嫌いな奴に話しかけてます」感全開の、怒鳴るような声の方が目立つ。それにより、クラスメイト達からは、「本当にお前青井さんになにやらかしたんだ」という雰囲気が強くなる。


 困惑の中、目の前の青井瑠夏の耳たぶが、リンゴのように真っ赤になっているのに気が付き、覚悟を決めて尋ねた。


「……これ、もらってもいいのか?」


「さっさと受け取りなさいよ‼ 中身、確認しなさいよねっ」


 催促されてタッパーを開けた。


 そこには、黄金色に輝く玉子焼きが、ぎっしりと詰められている。


 見た目だけでわかる。これ、絶対高い卵を使っている。そして、形が少し不揃いなのは、彼女が朝から必死に焼いた証拠だ。


 ……イルカ。お前、本当にやったんだな……。


 自分のことだけど、相棒のイルカが目標としていたことを成せたことによる感動がこみ上げてくる。


 そんな感動に浸っていると、隣の席の男子が「おい、青井さんの手作りかよ……?」と呟くのが聞こえた。


 マズい。その呟きは、俺が青井瑠夏を怒らせたという周りの雰囲気を砕いてしまい、俺の命が危うくなってしまう。


「あ、ありがとう。じゃあ、放課後にでも食べるよ」


「な、なんで放課後⁉ お昼休みなんだから、今食べなさいよ‼」


 まったくもってごもっともな意見が飛んで来て、ぐぅの音も出ない。俺もなんで放課後に食べるとか言ってしまったのか。


「毒が入ってないか確認が必要でしょ⁉」


 うん。それは意味がわからない。


 イルカの時もそうだけど、この子、ちょくちょく謎ワードをぶっ放してくるよね。


 しかし、お昼休みなんだから今食べろという理屈は通っている。


 促されるまま、俺は一切れを口に運んだ。    


 ──甘い。


 出汁の旨味と、砂糖の優しい甘さ。


 そして何より、昨日ネトゲで泣きじゃくっていた彼女の「一生尽くします」という言葉の重みが、一気に喉を通っていった。


「美味しい」


 素直に口に出た本音。


 それを受けて青井瑠夏は面くらった顔をしたけど、すぐに鼻を鳴らした。


「……ふんっ。あっそう。味が薄かったら、塩でもぶっかけて食べればいいじゃない。……じゃあね‼」


 青井瑠夏はそれだけ言い捨てると、逃げるように教室を飛び出していった。


 残されたのは、絶品玉子焼きが入ったタッパーと、殺意に満ちた男子たちの視線。  そして、俺のスマートフォンの通知音。


『エーヒレさん‼ 渡せました‼ 永友くんに玉子焼き渡せましたぁぁぁ‼』


 歓喜のチャットが流れてくる。


 あー、トイレかどっかに駆け込んでスマホ打っているのか。


『渡せたのか。良かったじゃないか』


 知らないふりして返してあげると、即レスされた。


『渡す時、笑顔、笑顔って意識して渡せました』


 あれは笑顔だったの? 完全に人をヤる時の顔だったが。


『永友くんったら天然でぇ、放課後に食べるとか言ったんですぅ。今、絶賛お昼なのに。女の子からのお弁当に焦ったのかな? かわいくてキュン死しそうでしたぁ』


 うん。そうだな。あれは俺の発言が悪い。だって今、昼だもんな。


『それで、永友くんったら、すっごく美味しそうに食べてくれて「美味しい」って言ってくれたんです‼』


『本当に美味しかったよ』


『ん? エーヒレさんが食べたみたいな言い方してますよ?』


 うおっ、やばっ。


 指摘されて、慌てて返す。


『五時った。本当に良かったね』


『あはは‼ エーヒレさん、誤字りすぎぃ。今日、五時に集合します?』


 誤字報告で誤字が恥ずいけど、今はそれが本題じゃない。


『またあとで詳しく聞くよ』


『お願いします♪ 私、もう今なら空も飛べる気がしますよ‼ 死ぬ気で卵10個無駄にした甲斐がありました‼』


 画面の向こうで、相棒は狂喜乱舞しているのが目に浮かぶ。


 だが、現実は残酷だ。


「おーい、永友きゅーん」


 ガシっと肩を掴まれちゃった。


「ちょっと面貸せよ」


 クラスの主役級の男子グループが、笑顔(目が笑っていない)で俺の肩を掴む。    青井瑠夏。


 君は空を飛べるかもしれないが。俺は今から、屋上あたりで文字通り「飛ばされる」かもしれないんだが……。


 俺は玉子焼きの余韻に浸る間もなく、引きずられるようにして教室を後にした。

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