第29話 そのストーリーを俺は知らないんだが
プール掃除が終わり帰宅すると、イルカからエーヒレにチャットが入った。
『今日インしますよね? ね? ね⁉』
これ、断ったらキレられるやつだな。
今日はバイトも変わってもらったし、断る理由もない。俺はエーヒレとしてエクレガの世界への扉を開いた。
「……?」
なんだか月がやたらと近い気がする。なんだ? イベントでもやるのか?
「ええええええひれしゃあああああん!!!!!!」
いつもの噴水広場の前で、廃人御用達フルプレートの装備を身に纏ったイルカがこっちに突っ込んでくるので、月のことなんて吹っ飛んでしまった。
「ぐふっ!!」
重い体当たりに俺のHPバーが少しばかり減少してしまった。
「聞いてください!! 聞いてくださいよおおおおお!!」
ゆっさゆっさと俺の身体を揺らしてくる。
その度に俺のHPバーが減少していく。
「落ち着けええええ!! 死ぬから!! 死んじゃうからあああああ!!」
俺の制止にようやくと落ち着いてくれたイルカは、その場で俺から離れる。
「す、すみません。つい……」
「いや、全然。ところで、なんでフルプレートなんて着てんだよ。永友くんを指導する時用の装備か?」
白々しくそんなことを尋ねてみる。
「それもあるんですけど、これですよ、これ」
そう言ってこちらにギフトを送ってくれる。
「あ、騎士の誓約紋……」
「めっちゃ大変でしたよぉ。永友くんもめちゃくちゃ手伝ってくれてぇ」
ウソだ。
俺はほんのちょっぴりしか手伝っていない。
こんな面倒なクエストをイルカはやってくれたのか……。
「ごめん。イルカ。大変だったろ」
「そこはありがとうが良いんですけどね。ほら言ってください」
「ありがとう」
「ふふ。どういたしまして。日頃、恋ばなをどんな時でも聞いてくれているエーヒレさんのためならこんなもの、大したことじゃありませんよ」
いや、これがどれだけ面倒で時間のかかることが知っている。時間がかかって面倒だから、ほとんどのプレイヤーは他の物で代用したりしている。
これは、大事に使わないといけないな。
「一生大事にするよ」
「そこまで言われたら……ちょっと恥ずかしいですね」
あははと照れ笑いを浮かべるイルカは、装備をいつもの魔法使いのものに変更した。
「エーヒレさんと会う時は、やっぱりこれですね」
「俺もそっちの方がしっくりくるよ」
「でしょー。でね、エーヒレさん。大事件が起こったんですよ!!」
「イルカは基本的に大事件しか起こらないな」
「そうなんですけど、今回はガチ中にガチでして」
なんと、ななんと!!
少しばかり焦らして発表してくる。
「この度、真・幼馴染として瑛くんの家にお呼ばれしました!!」
──は?
「いやー、真・幼馴染となって早数日。まさかもう家に行くことになるとは。これもエーヒレさんが幼馴染の条件を提示してくれたおかげです。ありがとうございます」
「ちょっと待て。え? 真・幼馴染? お呼ばれ? ガチで言ってんの?」
「ガチ中のガチです。まさにガチンコ。いやー、今日、瑛くんとプール掃除してたんですけどね。あ、ちょっと報告が遅れたんですけど、マラソン中に色々ありまして、えへへ。でね、プール掃除のあとに、流れで瑛くんの家に行くことになりました」
ぶいっ!!
じゃねーよ!!
この子、記憶を簡単に改ざんしてくるやん。
いや、なんかちょっと違うんだけど。呼んではないんだけど。でも、そこを指摘できないジレンマ。まじなんなん、こいつ。
「それでですね、まぁ私、高校でも、その、なんて言いますか、ええっと……どう言えば……」
珍しく言葉に詰まっているイルカ。もうなんでも良いよ。
「相棒なんだし、言葉を選ばなくてもいいぞ」
「……そうですね。私、ぶっちゃけ、学校でチヤホヤされているんです!! ヴィジュ良いらしいんです!!」
あ、うん。知ってる。
「……やばぁ、はずぅ……自分で言うとかキモすぎて死ねる」
ズーンと落ち込むイルカ。まぁ、彼女はナルシストキャラじゃないから、ちょっとしんどいのかもな。
「まぁ、イルカのヴィジュが良いとして、それがどうしたんだ?」
「は、はい。その……だから、モテるだろうとか、男なんてとっかえひっかえだろとか、色々思われていまして……でも、彼氏なんてできたことないし、そもそも、私の初恋は瑛くんだしで……」
「え!? 俺が初恋相手!?」
「違いますよ。エーヒレさんは大好きですけど違いますよ」
「あ、いえ、ごめんなさい」
やばいやばい。この二重生活はまだ慣れないな。
「や、でも、永友くんが初恋って……だって……」
「そうですね。高校生から出会ってますので、随分と遅い初恋になります」
「そんなに永友くんのヴィジュって良いの?」
「見た目じゃないですよぉ。そこには聞くも涙。語るも涙の甘酸っぱいストーリーがあるんです」
知らない。俺、そんなストーリー知らないぞ。誰かと間違えてんじゃない? やばいやばい。一層、この子のことがわかんなくなってきた。
「この話は話すと長くなるので、今回は割愛で」
「あ、ああ。そうだな。非常に気になる話ではあるから今度聞かせてくれよ」
「はい!!」
「それで?」
「あ、話が逸れてしまいましたね。それでですね、まぁ学校では散々モテているとか思われているのに、実際は恋愛経験ゼロの私が今更友達にも、男の子家に行ってどうするか相談できなくてですね」
「なるほど」
それでどうしたら良いのか、相棒兼初恋相手本人に聞く、と。
「どうしたら良いんですかね」
「そうだなぁ……エクレガは一人プレイだし……まぁ……なんだ。その……いつも通りで良いんじゃない?」
「いつも、通り……」
「あれだろ? 幼馴染としての条件を果たしに行くんだろ? だったらいつも通りで行くのが一番だろ」
「なるほど。参考になります」
「やめろ。それは下に見ている人間に使う言葉だ」
「なるほど。参考になります」
「このやろ!!」
「あはは!! 冗談ですよ。ありがとうございます、エーヒレさん。明日の吉報に期待してください!!」
そう言って調子良く敬礼なんてしてくる魔女っ子イルカ。
明日は大丈夫なのだろうか……。




